“External Adjustments under Increasing Integration in the Pacific Region”
2000年代に入って、世界経済全体で経常収支不均衡が相当期間にわたって持続している。この対外不均衡の調整が、いつ、どのような形で起こるのかが重要な政策問題となった。本研究課題では、太平洋地域における経済統合化の進展に伴う長期的な対外調整プロセスの構造変化としてこの問題を取り上げた。
今回とくに注目したのは、市場統合化という構造変化の含意である。まず、資本市場の統合化は、投資が内外の生産的な機会に配分されている限り、一国の貯蓄投資のバランス(経常収支不均衡)の短期的な解消は重要ではなくなることを意味する。他方、財市場の統合化は、生産ネットワークのグローバル化という形で、国際垂直分業を深化させ、また価格の弾力性を増大させる。すなわち、本研究では、経済統合化の進展という新たな国際経済環境を背景に、対外収支決定要因と同不均衡の持続性を再検討することによって、最近の対外調整メカニズムを明らかにし、これらのマクロ経済政策に対するインプリケーションを導く。
研究の成果: 2008年9月に開催した第2回国際専門家会合では、急展開をみせるグローバル金融危機を意識しながら、中長期的な対外調整メカニズムの構造変化が論じられた。なかでも、ゲストスピーカーであるカリフォルニア大学バークレー校Barry Eichengreen教授は、サブプライムローン破綻に始まる危機が国際金融市場に与える深刻なインパクトと関係者の議論の動向を詳細に報告し、いまや、マクロ経済政策の関心はグローバル・インバランスからグローバル金融危機にシフトしたことを如実に示した。
とはいえ、対外不均衡の解消のために、どれだけ総需要の変化で負担し、どれだけは為替変動で賄うかという問題は依然として残っている。このメカニズムに構造変化が起こっているのではないかというのが、ここでの関心事である。2009年初めにかけて、各専門家から最終報告書が提出され、それをベースに、主査が報告書を責任編集した。
2009年5月にワシントンDCで開催されたPECC総会に提出した同報告書の内容は以下のように要約できる:
1)金融統合化と金融リスク
金融統合化はリスク投資を促進し、資産市場バブルの発生確率を高めるため、当局は新たな環境に応じた金融規制改革とマクロ経済運営改革に取り組む必要がある。この意味で、新興市場が外貨準備を積み増し、他方、企業部門が留保利潤(企業貯蓄)を手厚くして、国および部門のバランスシート強化を図っているのも増大する金融リスクに対する保険行動と理解できる。金融統合化はグロスの金融フローを拡大し、その結果、所得収支が経常収支の動向を支配する傾向がみられ、かつ、蓄積された対外債権債務は為替変動による資産効果を増幅する可能性が大きくなっている。
2)米国のインバランスのサステイナビリティ(持続可能性)
1970年代以降のポスト・ブレトン・ウッズ体制では、金融統合化を背景に比較優位をもつ米国が「世界のバンカー」を卒業し、「世界のファンドマネージャー」としてリスク投資を拡大してきた。対外インバランスはその結果であり、これを大幅修正することができるのか、また、そうする必要があるのかについては議論の余地がある。
3)為替調整
対外インバランスの調整に必要な為替調整の大きさが議論されてきたが、国際垂直分業の拡大、金融統合化などの進展は、経常収支における貿易収支の相対的比重を小さくし、為替レートの対外調整の役割を限定的なものにしている。
4)新興市場の金融開放度
東アジア新興市場の金融開放度が不十分であり、外貨準備蓄積を拡大しながらの通貨安政策がインバランスの原因であるとする議論は誤りであり、金融市場構造に脆弱性を抱えているこれらの市場が、金融統合化に伴う潜在的金融リスクに対して慎重に資本自由化を進め、保険としての外貨準備蓄積に努める戦略は一定の合理性をもつものと解釈できる。
5)マクロ経済政策の選択肢
標準的な世界マクロ一般均衡モデルが示すように、米国のインバランス解消に最も直接的、かつ効果的な政策選択は(日欧やアジアの黒字縮小ではなく)米国の貯蓄率向上に他ならない。その手段としては、財政収支改善と家計貯蓄改善がもっとも現実的な政策選択であると思われ、とくに世界経済の同時縮小が不可避である現在では、米国以外の先進国、新興市場の通貨高は景気回復の処方箋たり得ないと思われる。
6)新たな金融規制の枠組み
以上より、少なくとも短期的あるいは中期的にグローバル・インバランスの解消が必要なのかどうかは明かではないが、今回のグローバル金融危機の結果の予想もしなかったハードランディングが、これまで必要とされてきた対外調整だったのかどうかは確かでない。統合化が進行しているとき、金融資本はそれぞれの投資視野からますます自由に移動することとなる。米国の対外資産の(事後的)収益率が米国の対外債務の収益率よりはるかに高いことがよく知られている。投資期待における非対称性がITバブル後の米国への金融フローを生じさせてきた。為替レート変化の対外調整機能が低下していることを考えれば、単純な規制の強化ではなく、経済統合化に適した規制の改善によって国際投資家に、より安全で健全な金融環境を提供する努力こそが必要だと思われる。
主な研究活動
■2008年3月16、17日(大阪)
第1回構造問題国際専門家会合
■2008年9月6、7日(大阪)
第2回構造問題国際専門家会合
■2009年5月
研究成果報告書(Executive Summary)刊行
■2009年5月2日(ワシントンDC)
第18回PECC総会にて野上PEO日本委員長より報告
■2010年3月
研究成果報告書(Background Papers)刊行予定