ABSTRACT
「関西イノベーション国際戦略総合特区」(以下、イノベーション特区)では、ライフ分野(医薬品、医療機器など)とグリーン分野(バッテリー、スマートコミュニティ)において、イノベーション加速に向けた取組みが進められている。本稿ではバッテリーを対象に、達成目標と進捗状況を考察したのち、今後イノベーション特区で求められる取組みの方向性を提示する。
DETAIL
(1)太陽電池の数値目標と進捗状況
イノベーション特区では、関西の太陽電池の生産額を2025年に2010年比4.5倍とする数値目標を掲げている。図表 1 よりその進捗を示すと、2012 年の生産額は 2010 年比で 0.8 倍に低下している。2012 年 7月から再生可能エネルギーの固定価格買取制度がスタートし、国内の太陽光発電の導入量は拡大しているが、中国・台湾などの海外や国内他地域の生産量増加、および単価下落により、関西の太陽電池の生産額は減少傾向にある。
2025 年の目標値は、関西のシェアが変わらず、世界市場の伸び予測4.5倍に沿って生産量が拡大するものとして設定されている。別稿「太陽電池、リチウムイオン電池の生産・販売等の動態からみる課題と対応方策」(APIR Trend WatchNo.15)で示したように、「世界市場 4.5 倍」は、各国のエネルギー政策や財政政策に一定規定され、市場単独では決まらない。業界をリードしてきた欧州での緊縮財政や国民負担増回避に向けた補助政策見直し、シェール革命による米国のグリーン・ニューディールの退潮、経済成長に伴いベース電源自体が不足している新興国での原子力や火力発電所の建設計画などにみられるように、政策如何で太陽光発電の導入量は大きく変動する。
「関西のシェア維持」については、DRAM や液晶パネルなどと同様に、価格競争がより一層加速する中でシェアを維持するのは困難といえる。エネルギー政策は産業政策ともリンクしており、太陽光パネルメーカーを中心とした自国の関連産業育成・保護は、Q セルズ(ドイツ)やソリンドラ(米国)などの経営破綻が示すように、安価な中国・台湾製パネルに太刀打ちできず、上手く進んでいない。さらにその中国の最大手であったサンテックパワーでさえも破綻した。仮に新興国市場が拡大するとしても、ドイツや米国市場でもそうであったように、所得水準の低い国で高価なパネルが競争力を持つことはなおさら難しい。特にメガソーラーなどの非住宅用パネルは、価格要因が高く評価される。内需拡大を進める中国で、日本製パネル単体での普及が難しいことは容易に想像できる。このように、市場拡大規模やシェア維持は不確実性
が高く、目標達成は容易ではない。
(2)リチウムイオン電池の数値目標と進捗状況
イノベーション特区では、関西のリチウムイオン電池(以下、LIB)の生産額を 2025 年に 2010 年比16.9 倍とする数値目標を掲げている。
図表2より車載用LIBの関西での2012年の生産
額を推計し、民生用等 LIB(実績値)との和を算出すると、図表 3 の2012 年生産額(推計値)となる。この値は、2010 年比で 0.8 倍に低下した水準となる。別稿で示したように、LIBは車載用が今後の鍵を握るため、自動車メーカーとの共創・競争のあり方が、今後の関西のLIB生産額を一定規定する。
以上の状況を踏まえ、イノベーション特区で求められる取組みの方向性として、形式的ではなく実効性のある取組みの必要性の観点から、以下3点を示す。
(3)政府協議が必要な手段の整備ではなく、目的としての事業進捗に注力
本特区制度は、規制の特例措置、税制・財政・金融上の支援措置を活用し、事業を推進する点に特徴がある。イノベーション特区では、政府に計画認定された事業数は他特区と比べて多く、投資も進みつつある。一方、規制の特例措置は、国と地方の協議により是非が判断されるが、全国119 提案のうち、実現に向け合意:60 提案、継続協議:9 提案、合意に至らず:2 提案、一旦協議終了:48 提案となっている(内閣府資料、2013 年 3 月 19 日時点)。しかも、合意60 提案のうち 55 提案が現行制度内で実施可能と確認されたものであり、新規の特例措置は 5 提案しかない。
イノベーション特区の目的はイノベーションプラットフォーム(実用化・市場づくりを目指したイノベーションを次々に創出するしくみ)の構築であるが、最終的な目標はこれを活用した国際競争力のある製品・サービスの創出である。規制改革や支援措置はあくまでも手段であり、さらにイノベーションプラットフォーム構築自体も最終目標からみると手段である。関連して、ライフ分野における PMDA-WEST(独立行政法人医薬品医療機器総合機構関西支部[仮称])の関西への設置決定は、薬事戦略相談と GMP 実地調査に機能が限られるものの、大きな成果である。ただし、これも手段であり、PMDA-WEST を活かして何を達成していくのかが今後求められる。手段整備よりも目標達成の成否が重要なのは言うまでもない。イノベーション特区(グリーン分野)の最終目標の評価指標は、前項で示した太陽電池と LIB 生産量の拡大となっている(目標設定のあり方は後述(5)にて記載)。
手段に関する特区制度の不備、規制官庁への不満、規制改革の遅れを嘆くよりも、また安倍政権の成長戦略での国家戦略特区への対応に意識や戦力を分散させすぎるのでもなく、政権交代や政策変更に振り回されず、これまで蓄積してきた関西の知的/産業クラスターなどの科学技術/産業政策の成果やネットワークを総動員しながら着実に取組みを進め、目標達成を目指すべきである。イノベーション特区事務局は、手段整備に係る政府との調整にではなく、目標達成を担う司令塔としての役割に注力する必要がある。
イノベーションの成果は非連続なものに映るが、その思考・試行は過去からの連続性が礎となる。イノベーション特区は、関西広域の府県を越えた、今までにない地域設定が何よりの強みである。各地域のこれまでの蓄積・連続性に基づく、拠点ごとに点在する成果、資源、主体の“結合”により、イノベーションを生み出していくことが求められる。今後は、様々な結合により、図表 4 の具体的なプロジェクトの成果を出していくことが期待される。そして、イノベーション特区の進捗確認とは、これまでのような特例措置や計画認定事業数の評価ではなく、この個別プロジェクトおよびこれらの連携状況や相乗効果についての成果進捗を評価していくことが必要となる。
(4)海外展開に向けたスピードアップとニーズ適合を可能にする開放性
「スマートコミュニティ/バッテリー事業化促進プラットフォーム」が開かれたものとなり、域外の国・地域や多様な業態の人、モノ、資金、情報・知識が集まることで何かを実際に動かし、その成果が外に発信され、さらに磁力を高める場になることが望まれる。
そこではイノベーション特区の計画での中核主体や中核事業にとらわれすぎずに、中小企業やベンチャー企業の参画を促し、資本家を引きつけ、経営・知財・金融の専門家もチームメンバーに入れるなど、多様な主体のネットワーク化によりイノベーションを促進するスタイルが求められる。
その際、特に海外事業者との国際共同研究や事業が欠かせない。スマートコミュニティ事業の海外展開を目指すならば、海外事業者との初期段階からの連携は、その国仕様へのカスタマイズや需要開拓につながる。基盤研究時はともかく、実用化技術の確立や商品化に一定の目処がついたあとでの各市場への展開では、市場獲得を逃す恐れがある。ビジネスモデルありきで、知財管理や標準化も同時並行的に進めながら、最初から特定市場のニーズを踏まえた機能設計および価格設定が合理的となろう。これまでの個別企業あるいは同一国籍の企業連合による垂直統合型事業では、スピード不足(完璧主義)とニーズ不適合(過剰機能とそれに伴う高価格化)により、技術で勝ってビジネスで負ける轍を繰り返す恐れがある。
(5)柔軟な目標変更・設定および実効性のある評価とPDCA
3 点示す。まずは数値目標の柔軟な変更や設定が合理的ということである。技術開発や市場動向の早いバッテリーでは、イノベーション対象となる技術・製品は変化していき、見通すことも難しい。したがって、現目標の太陽電池とLIB の生産量増加にとらわれず、創エネ・蓄エネ産業全体の活性化を目指すのが望ましく、それを評価するのが妥当といえる。技術は移りゆくものであり、蓄エネでは鉛電池、ニッケル水素電池、LIB と新たな電池が開発され、併存して利用され、さらにポスト LIB の研究が進められている。また創エネでは、太陽電池の変換効率向上や色素増感、有機系、量子ナノ構造などの新技術の実用化も進められているが、宇宙太陽光発電システム、さらには藻類バイオ燃料、人工光合成システムなども評価対象に含めても良いだろう。変化に応じた動態的な視点や、枠をはめないことがイノベーションの前提ではないだろうか。
2 点目は目標達成に係るプロセス管理としてのPDCAにおいて、数値管理にこだわりすぎないことである。定量評価、KPI(Key Performance Indicators)などに有用性はあるが、形式的な数値管理には意味がなく、それ自身が自己目的化してしまう。効果的な数値目標管理は、その数値目標が Input-Output-Outcome に結びついている評価項目であり、かつその数値水準が最終目標達成に係るスケジュールの各時点で適切に設定されているという、評価対象と目標水準の妥当性が検証されていなければならない。しかし、イノベーションを対象にする本特区ではそれは非常に難しい。
PDCA では評価そのものはメインでなく、評価による現状把握から課題を分析し、改善の方向性や対策の提示につなげ、取組みの実行・実効性を担保することにある。(適切かどうか検証されていない)数値目標を達成していれば良い、と判断されるしくみではプロセス管理としては不十分である。イノベーション特区においては、2014 年度から計画されている定量評価という手法にこだわらず、効果的な評価とそれに基づく対策提示のしくみづくりの再考が望まれる。
3 点目は外部専門家による第三者からの定期的なチェックの必要性である。各事業、バッテリーなどの各分野の実行責任者の明確化と、その進捗の内部評価・見直しに加え、それら全てを評価対象にした第三者評価が求められる。個別事業の積み上げとその評価ではなく、事業の優先度(出来る事業からではなく重要な事業から優先的にやる)や、事業間の相乗効果や連携状況など、俯瞰的な視点からの評価が必要となる。 以上の観点に基づく目標設定や PDCA の推進が、創造性と効率性の両立につながり得るしくみとなり、イノベーション特区での有益な成果創出に結び付くと考える。