チャイニーズ旅行者の好みと行動様式
~黒門市場におけるアンケート調査より~

Trend Watch No.20

洞察・意見 » トレンドウォッチ

ABSTRACT

DETAIL

はじめに

2013 年12月、「和食」がユネスコ世界無形文化遺産となり、訪日客を引き付ける起爆剤として、あらためて日本食への関心が高まっている。一方、訪日客として、近年着実に増加しているのが中国人観光客である。日本への訪日客の多い国・地域としては、韓国(2,456千人)、台湾(2,211千人)、中国(1,315千人)、アメリカ(799千人)、香港(746千人)の順(日本政府観光局 2013年の訪日人数)であり、トップ5の国・地域のうち、3つを中華圏が占めていると言える。欧米からの訪日客が頭打ちにあるのとは対照的に、今後も着実な増加が見込めるチャイニーズ観光客の好みと行動様式を分析することは、関西だけではなく日本の成長戦略としても重要であろう。

 

中国人観光客の「食」に対する好みを知るためにも、天下の台所である大阪の「黒門市場」で街頭アンケート調査を試みた。調査は、2014年7月下旬~8月下旬に筆者とリサーチャーの林健太(甲南大学准教授)氏、それに加えて通訳者として張冬洋(京都大学大学院経済学研究科大学院生)氏の3名で行った。黒門市場は、大阪市中央区の日本橋駅すぐに立地する江戸時代より300年近く続く商店街である。わずか数百メートルのこの通りには、鮮魚店を扱う店が約半数を占め、それ以外にも青果・乾物などを扱う店が軒を連ねている。もともとは、うどん屋などの大衆食堂が大半であったのが、近年では新鮮な魚介類を使った料理店やフルーツジュースを提供する店なども増えてきている。多くの店が開店する午前9時には、この通りにぎっしりとチャイニーズ観光客が押し寄せていた。

 

我々は、街頭で中国語に翻訳されたアンケート用紙で調査するとともに、チャイニーズ旅行者の海外旅行経験や利用した航空会社、さらには身に着けている宝飾品や購入した商品などから、階層分類(「上流」・「中流」「中流未満」)も行った。得られた回答数は全部で323標本であった。階層分類は3人の調査員の総合判断で行ったが、分類したのは292標本で全員に行えたわけではない。階層分類した結果は、次のようになった。

 

 

黒門市場で回答を得た旅行者は、「中流」に分類された人が一番多いのであるが、「上流」もかなり多く、3人に1人は上流に分類されている。そもそも、黒門市場にやってくる観光客は、自ら旅の企画ができる「個人旅行」可能な旅行者である。おそらく、海外経験も豊富なチャイニーズ・リッチが多いのではないか、と想像される。では、実際にどのような旅行者が多いのか、アンケート調査の結果を紹介する。

 

どこから来たのか?

午前9時、黒門市場の多くの店舗が開店するこの時間から、たかだか数百メートル通りには、中国人観光客とおぼしき人たちが大勢詰めかけていた。彼らはどこの国・地域からやってきたか調査した結果は次の通りであった(表―2)。

 

 

半数近くが「香港」であり、次に多いのが「台湾」である。中国大陸から来た旅行者もいたが、まだ1割にも満たない。さらに、彼らの旅行形態や性別・年代、海外や日本への旅行経験回数なども尋ねてみた。表―3をみればわかるとおり、7割は家族旅行であり、4割以上が日本への旅行経験が4回以上あるリピーターであり、20代から30代の若い世代が子供を伴って来訪していた。また、宿泊日数が1週間以上という長期滞在者が過半数であるのも特徴的である。つまり、日本好きな家族づれの20~30代のチャイニーズ旅行者が、1週間くらいかけてゆっくりと日本に旅行に来ているのである。そして、彼らの多くは大陸中国からではなく、香港か台湾から来ている個人旅行者というわけである。では、先ほどの調査員が分類を行った階層分類もいれて、彼らの特徴をもう少し詳しくみることにする。

 

 

表―4は、階層分類と出身地をまとめたものである。出身地別にみると、台湾旅行者ではやや「中流」が多いものの、それぞれの階層(「上流」・「中流」「中流未満」)にある程度の数が存在する。これに対して、香港の場合、「中流」よりも「上流」の人の割合が多い。調査を行っていて感じたことは、香港からの旅行者はリッチが多いということであった。利用する航空機もLCCのような格安のものではなく、身なりも購入する商品も高級なものが多かった。香港では「ふぐ料理」を食べることができないのであるが、それに呼応するかのように黒門市場ではフグ料理店が何件もあり、繁盛している。香港の旅行者のニーズをとらえた一例であろう。

 

 

さらに、出身地と日本訪問回数をまとめたものが、表―5である。香港と台湾旅行者を除いた中国大陸やその他(マレーシアなど東南アジアからの旅行者が多い)では、「今回が初めて」という初来日の旅行者が大半であるのに対して、香港と台湾からの旅行者は4回以上のリピーターが多い。特に、香港からの旅行者は過半数が4回以上のリピーターであった。観光立国をめざす日本にとっては、リピーターの好みを的確にとらえることこそが重要となる。日本に何度もやってきている彼らの好む都市・場所とはどこなのだろうか。また、大阪以外にどのような都市にでかけているのであろうか。

 

 

 

京都と大阪の違い

関西の顔は大阪か京都か、と尋ねられれば即答に窮するであろう。どちらもそれぞれの持ち味がある。今回の黒門市場での調査でも、「日本のなかで訪問した都市・場所」と、「一番好きな都市・場所」を尋ねている。表―6は、その結果をまとめたものである。好きな都市として、一番多かったのは「大阪」であり、「京都」をやや上回った(大阪:133 票、京都:103 票)。これは、調査を行った場所も影響を与えていると考えられる。黒門市場を知った情報源についても尋ねているが、「ガイドブック」「知人からの口コミ」「インターネット」が多く、おそらく「食」に興味津々の旅行者が、「大阪の台所」を探し当ててきたものと考えられる。

 

しかしながら、政府の調査結果からも近年は大阪が京都をしのぐ傾向が読み取れる。表―7は、 都道府県別訪問率を各国・地域からの訪日観光客別にまとめたものである。海外からの観光客は複数の都市を旅行することが考えられるので、訪問した都市を複数回答してもらうという形でカウントしたものである。これを見ると、韓国人旅行者からアメリカ人旅行者まで、どれも1位は東京であるが、2位以下については、特色があることがわかる。韓国人旅行者の場合、韓国から近い福岡が2位となっており、アメリカ人旅行者の場合は、京都が2位である。

 

しかし、台湾・香港・中国からの旅行者をみると、すべて2位は大阪であり、京都は3位となっている。

 

 

関西国際空港に発着するアジアからの旅客機の増便にともなったアクセスの良さも大阪に大きな利益をもたらしているのかもしれない。また、大阪と京都の来訪動機の違いも関係しているだろう。京都への来訪動機は、神社仏閣・名所旧跡への訪問が考えられるが、「食」に関心のあるチャイニーズ旅行者は、大阪への来訪を好むのではあるまいか。「大阪の台所」黒門市場で街頭インタビューをして、そのことを強く感じた。

pagetop
loading