ABSTRACT
ドイツは日本と並ぶ世界のものづくり立国である。ドイツ経済を支える屋台骨になっているのが「ミッテルシュタンド」と呼ばれる中小企業であり、その中には高い技術力をもち、部品・素材等の生産財の製造企業が多い。これは日本の中小企業との共通点である。一方、相違点もある。ドイツの中小企業は全体として好調で、国際化が進み、今日の日本の中小企業が直面するような厳しい状況にはない。これがひとつの要因となって、両国政府の海外展開支援策には大きな違いがある。本稿では、日本との比較を念頭において、ドイツの中小企業の動向や海外展開支援策をレビューし、日本の取組への示唆を導く。
DETAIL
好調なドイツ中小企業
2008 年のリーマンショック、続く欧州債務危機は先進国経済に深刻な影響を及ぼしたが、ドイツの中小企業のパフォーマンスは全体として好調である。図表 1 は、2008 年を基準としてドイツとEU 諸国の中小企業の動向を比較したものである。ドイツの中小企業は、企業数、従業員数、付加価値額の全ての点において EU 加盟国の平均値を上回り、しかも増加している。日本と比較しても、ドイツ中小企業の活力は明らかである。ドイツ中小企業は 2008 年~2013 年に企業数で年率 3.1%、従業員数と付加価値額で年率 3.6%の増加を示している(European Commission 2014、非製造業を含む数値)。これに対して日本の中小製造業は、2009 年~2012 年に事業所数は-8.2%、従業員数は-6%(ともに経済センサス)、2008 年~2013 年に生産指数は-8.7%と減少傾向にある(中小企業庁試算「規模別製造工業生産指数」)。これは日本の中小製造業の長期的な趨勢で、1990 年前後のピーク時に比較すると、事業所数で 44%、従業員数で 36%、生産指数で 23%の落ち込みになっている。
積極的な国際展開
ドイツは一人当たり輸出額、及び GDP あたりの輸出額で世界第 1 位と、国の大きさに対して抜群の輸出力を誇っている(経済産業省 2013)。中小企業も輸出志向で、活発に国際展開に取り組んでいる。例えば、日本の中小企業(従業員 300 人以下)のうち直接輸出を行う企業の割合は 2.8%にすぎないが、ドイツの中小企業(EU定義で250未満)は19.2%が直接輸出を行っている(経済産業省2012)。ハーマン・サイモン氏はドイツの優良中堅・中小企業ミッテルシュタンドを「隠れたチャンピオン企業」と呼び、グローバル・ニッチトップ型で、差別化された製品セグメントへの特化、直販方式によるグローバルな拠点展開(アフターサービスを含めた顧客ニーズの吸収)、グローバル・ブランドの構築、イノベーションなどの特徴を報告している(Simon 2009)。この背景には、欧州中央に位置するという地理的特徴から国を超えたビジネスに対する抵抗が少ないこと、EU経済圏の拡大(ベルリンの壁崩壊後、近隣の東欧諸国が経済圏に組み込まれたこと)などがある。外国人の往来も盛んで企業内に外国人の同僚がいることはごく普通、英語能力も大きな問題でないと言われている(JETRO 2012、経済産業省2013)。
日本と異なる、ドイツの中小企業の海外展開支援
ドイツでは連邦経済技術省(BMWi)の傘下のドイツ貿易投資振興機関(GTAI)と、民間組織の商工会議所の海外ネットワーク(AHK)が連携して、ドイツ企業の海外展開支援と外資誘致を行っている。ただし、海外展開支援については輸出振興が中心で、ドイツ企業の海外進出に対する強力な政策プッシュはない。この点は、近年の日本の官民あげた中小企業の海外進出支援とは異なっている。
連邦政府の実施機関である GTAI は、在ドイツ企業の外国貿易の促進とドイツへの投資誘致を主要業務としており、ドイツ企業の海外進出支援は直接担当していない。GTAIは自らの海外拠点はもたず、ドイツ商工会議所の海外拠点オフィスに人材を派遣し、現地市場や産業に関する分析調査、出版物を作成している。これは、経済産業省の実施機関として日本貿易振興機構(JETRO)が国内・海外に拠点を張りめぐらし、日本企業の輸出促進、対日投資支援、中堅中小企業の海外展開支援の全てに直接取り組んでいる日本の体制・アプローチとは異なる。
ドイツでは国内・海外ともに、商工会議所(IHK)がきわめて重要な役割を果たしている。
ドイツでは規模を問わず、全ての企業は商工会議所に加盟することが義務づけられており、国内に80 の商工会議所がある。各地の商工会議所は国際部門、法務部門、訓練部門などをもち、海外市場の情報提供、職業訓練、起業支援などのビジネス・サービスを提供している。さらに、商工会議所を統括する全体ネットワーク(DIHK)は世界90ヵ国に120拠点を設置している。現地においては、この海外拠点(AHK)がドイツ企業の様々な国際ビジネス支援を行っている。
中小企業の海外進出支援を担っているのも、商工会議所の海外拠点である。AHK の主要な資金源は、①メンバーシップ・フィー(ドイツ企業だけでなく、ローカル企業もメンバーになれる)、②ビジネス・サービスの対価(有料)、及び③BMWi からの予算補填である。③については、BMWi から年間約40百万ユーロの支援がAHKに配分される。ただし、これはAHKの必要経費の2割程度にすぎず、各国のAHK所長は自力で資金を動員しながら拠点を運営している。
AHK が現地で提供する進出支援は、主にオフィススペースの提供、及びビジネスプランへのアドバイスである。個別企業への金融支援は行わず、情報・ネットワーク面の支援が中心である。筆者が本年 9 月にベトナム(ホーチミン市)の AHK にヒアリングした際、企業のビジネス・プロポーザルへのアドバイスに対しては最初の1~2時間は無料で相談に応じ、課題が特定されたら(例えば、市場参入、合弁パートナー探し、工場立地、生産計画、原材料調達、流通、税・法務、労務)、有料で調査を行うとの説明があった。日本は JETRO や中小企業基盤整備機構によるハンズオン支援、JETRO を窓口とする現地海外展開支援プラットフォームなどを始め、官民により手取り足取りで海外展開支援を行っているが、これに比べると、ドイツ方式はビジネスライクという印象をうけた。
このようにドイツ連邦政府の中小企業の海外展開支援は輸出振興が中心で、日本のように海外進出を推進する政策プッシュはない。現地ベースの進出支援に対し、政府から AHK に特別予算が配分されているわけでもなく、AHK はあくまで企業の要請に応えて助言・支援している。そして拠点運営経費を捻出する観点からも、各国の AHK は工夫を凝らして様々なビジネス・サービスを有料で提供している。日本の中小企業は、特にリーマンショック後の日本型生産システムの崩壊、そして事業・技能継承という構造的問題に直面し、海外進出を選択肢のひとつとして考えざるを得ない状況におかれている。それゆえ、政府が成長戦略の一環として、海外展開支援を強力に推進しているという背景がある。ドイツの中小企業は国際化が進んでおり、また日本ほど厳格な系列関係はなく、相対的に自立している。さらに、ドイツでは「デュアルシステム」による職業教育訓練を通じて、若者を出身地域の中小企業で働く労働者や熟練工に育成する仕組みがある。このように、両国の政施策の違いの背景にある経済社会の状況について理解を深めることは重要である。
開発協力における新しい動き
一方、開発協力においては、ドイツと日本で共通の傾向がある。連邦政府レベルで注目すべき最近の動きとして、政府開発援助(ODA)政策を担当する経済協力開発省(BMZ)による民間企業との連携プログラムの拡充がある。BMZ は 1999 年に官民連携プログラムを設立し、開発課題の解決に貢献する事業に対し、ドイツ・欧州企業からの提案を審査し、コストシェアリングで支援しているが(当初は「PPP Facility」)、 2009 年にこれを 「develoPPP.de」として見直すとともに、2010年頃から途上国の開発に貢献するビジネスを営む中小企業を支援する様々なプログラムを導入した。 図表2は、ドイツの開発協力における主な官民連携プログラムをまとめたものである。例えば、開発協力(EZ)スカウトは、国内の商工会議所や業界団体にドイツ国際協力公社(通称GIZ、日本のJICAに相当する組織)が派遣する専門家で、中小企業に対develoPPP.deを含む様々な官民連携プログラムの情報提供を行う。2011年から今までに28名(2014年10月時点)の開発協力スカウトが商工会議所や業界団体等に派遣され、GIZや他の開発協力機関のコンタクトパーソンとして活動している。AHKへの専門家派遣もあり、新興国・途上国現地でドイツ企業と開発協力機関のコンタクトパーソンとして活動している。現在、28ヵ国に32名の専門家が派遣されている(2014年10 月時点)。BMZ は今後、サブサハラ・アフリカへの専門家派遣を重視していく方針である。また、ODA予算で、職業訓練センターや商工会議所が新興国や途上国の商工会議所や業界団体等に対する能力強化支援が経済開発職業訓練財団(通称SEQUA、各地の商工会議所等と連携して職業訓練に特化した国際協力を実施)によって、長年行われている。
日本の中小企業の海外進出支援への示唆
以上をふまえると、今日、わが国政府が推進している中小企業の海外展開支援(特に進出支援)は、日本特有の課題への対応と言えよう。ドイツの「隠れたチャンピオン企業」は、リーダーシップ、経営戦略、顧客へのアピール、グローバル化、イノベーションなどの様々な能力を駆使して国際的なビジネスを展開している。また、中国・香港・台湾・東南アジアなどの中華系企業は、強い同郷ネットワークを武器に、世界のあらゆる場所に出かけて先駆的な事業をリスクをとって遂行している。こうしたダイナミックな中小企業からみると、日本の町工場は、技術のみが突出して他の企業能力が低い特異な企業体である。国際比較を通じて日本のものづくりが直面している事情の特殊性について理解を深め、そのうえで日本のものづくりの将来ビジョン、及び海外進出を含む中小企業の海外展開のあり方を考えることは有用である。
同時に、ドイツにおいても日本と同様に、開発協力機関が様々な官民連携プログラムを通じて自国中小企業や商工会議所等への協力を強化している点は興味深い。これは新興国や途上国との関係において開発とビジネスの接点が増えており、相手国の事情を知り、現地ネットワークに支えられた互恵的な海外進出をする必要性を示唆している。