関西経済が抱える長期的課題とは?
―新しいタイプの「関西経済モデル」の探求から ―

Trend Watch No.27

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ABSTRACT

アジア太平洋研究所『2014年版 関西経済白書 ―KANSAI発のイノベーションとは何か―』(以下、関西経済白書)では、関西経済が長期低迷に陥っていることを指摘し、その要因分析と打開策の検討を中心に議論を展開してきました。関西経済をマクロの視点から、さらに長期的な視点で眺めたとき、国内の他地域経済とはどのような違いがあるのでしょうか。もちろん様々な要因を考えることができますが、本稿では特に、「民間企業設備(以下、設備投資)」「民間住宅投資(以下、住宅投資)」「全要素生産性」の3つに注目します 。

DETAIL

1. はじめに

アジア太平洋研究所『2014年版 関西経済白書 ―KANSAI発のイノベーションとは何か―』(以下、関西経済白書)では、関西経済が長期低迷に陥っていることを指摘し、その要因分析と打開策の検討を中心に議論を展開してきました。関西経済をマクロの視点から、さらに長期的な視点で眺めたとき、国内の他地域経済とはどのような違いがあるのでしょうか。もちろん様々な要因を考えることができますが、本稿では特に、「民間企業設備(以下、設備投資)」「民間住宅投資(以下、住宅投資)」「全要素生産性」の 3 つに注目します。

 

2. 設備投資と住宅投資

設備投資と住宅投資は、文字通り「将来への投資」という意味を持っています。まず設備投資について考えると、生産物全てをその場で消費してしまうのでは成長が見込めません。そこで、生産物の一部を残しておき、生産能力の増強のために活用(投資)すれば、将来より多くの収益(リターン)を得ることができます。住宅投資も同様です。先に住宅を一括で購入(投資)しておけば、将来に渡って家賃を支払うことなくそこに住むことができ、リターンが得られます。このような「先行投資」の考え方は、資本主義経済の要となっており、短期の景気変動のみならず、長期的な経済成長を議論するときにも投資の動向を無視することはできません。

 

図 1 では、1975 年から 2011 年までの設備投資支出の推移を関西と関東で比較しています。関東と比べた場合、次のことが言えるでしょう。第 1 に、関西の投資額は関東の約半分しかありません。これは経済規模を考えると仕方のないことかもしれません。しかし第 2 に、関東では 2000 年代半ばと 2011 年頃に投資の盛り上がりを見せていますが、関西ではそのような動きは見られず、一貫して低下傾向にあります。

 

 

図2は、同様に住宅投資支出の推移を描いたものです。こちらも、関西の水準は関東の半分程度となっています。また、1990 年代以降、大幅な下落と上昇を繰り返している関東に対して、関西ではあまり変化がみられません。この意味で、関西の住宅投資環境は安定的といえるのかもしれません。

 

 

3. 全要素生産性(TFP)

次に、「全要素生産性」です。では、全要素生産性とは何でしょうか。 私達がふだん消費している財は、大まかに言えば、会社で人を雇い、機械設備を稼動させて作ります。つまり、少なくとも人的資本と機械資本の 2 つがあれば良いのです。ところが、話はそれだけでは終わりません。

 

ここで 2 つの会社を想定してみます。どちらの会社も同じモノを作っていて、従業員の数も同じ、機械設備の規模も同じです。それでも、1 カ月あたりの生産量が同じになるとは限りません。たとえ個人ごとの能力に差が無かったとしても各社の生産量は異なります。なぜでしょうか?それは、企業ごとで、彼らの能力を如何なく発揮させ、まとめあげる組織力や、機械の扱い方をどれだけ熟知しているか、などの様々な前提条件の違いが存在するからです。ムダを減らして効率的に生産するノウハウが蓄積されていれば、少ないインプットで多くのアウトプットを生むことができるでしょう。このように、直接観察することのできない「生産性」、あるいは「技術水準」といったものが存在すると考えられます。マクロ経済学では、これらを総称して「全要素生産性(TFP)」と呼んでいます。

 

関西経済白書の第6章では、統計学の手法を用いて、1975年から2009年までのデータを使って関西と関東のTFPを計測しました。その結果を図3に示しています。

 

実は、1970 年代から 1980 年代における関西の生産性は、関東と大きな違いがあるわけではありません。しかし 1990 年代以降になると、関西の生産性は全くと言っていいほど伸びていません。他方関東では、2008 年のリーマンショック期には一時的に低下しているものの、1990 年代以降には総じて上昇基調を示しています。

 

4. 新しい関西経済モデルを作る

以上のことから、関西経済が長期的に苦戦している状況が見えてきました。ただし、これらはいずれもデータを用いた状況説明にすぎないことに注意が必要です。データは様々な示唆を私達に与えてくれますが、その変動の原因や背景のプロセスなどは、結果を眺めていただけでは知ることができないのです。 結果だけではなく、原因や仕組みにも関心がある場合、効果的なアプローチとは、物事を単純化したモデルを作ってみて、そのふるまいを検証することです。自然科学において、温度が上下する原因を分子の振動に求めるように、マクロ経済学では、財を売る・買うといった個々人の経済活動から計算を重ねていき、そこから一国全体のGDPや物価の変動を導こうとします。

 

我々は関西経済の構造に関心があります。したがって、関西経済の特徴をうまく描写できるような経済モデルを考える必要があります。経済主体(家計、企業、政府)の構造を端的に表現した数式を用いて、経済主体の行動を予想していきます。

 

地域経済モデルを構築する際に大切なことがあります。それは、地域の特徴を描写する際に、恣意的な要素を導入することなく、それぞれの経済主体の最適な行動の結果として数式が導入される必要があるということです。

 

我々のモデルを含む多くの経済理論モデルでは、家計や企業といったプレーヤーの存在を考えますが、彼らは基本的に意味のない行動をとりません。家計であれば、自身の効用を予算などを制約として最大にするように行動します。企業は、生産技術や費用を制約として、自身の利潤を最大にするように行動します。

 

つまり、経済モデルでは、彼らはその目的を達成すべく合理的にふるまうと考えるのです。なおかつ、先のことは不透明ですから、将来に対する不確実性をも考慮に入れて、より確からしいと思われる予測に基づいて、今現在から将来にかけての行動パターンを決定するのです。

 

従来、恣意的な数式で表現された経済モデルは経済政策の効果を正しく評価できないという議論がなされてきました。最近では、この点が経済モデルを構築する際に強く意識されるようになりました。例えば、近い将来増税があることが分かっていながら、黙ってみているだけの人はあまりいないでしょう。多くの人は、来たる増税に備えて、何らかの措置をとるはずです。しかし、従来タイプのマクロ経済モデルでは、このことをうまく表現できません。

 

これまで説明してきたような、各経済主体の最適な経済活動の結果として導出された経済モデルのことを、最近では、動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルと呼んでいます。APIR プロジェクト「新しいマクロ経済モデル:地方財政および関西経済への応用可能性の検証」「 新しいマクロ経済モデルの応用試行」(リサーチリーダー:岡野光洋)では、関西経済をうまく描写できる DSGE モデルの構築を行っています。そこで次節では、我々がこれまでに行ってきた関西 DSGE モデルのバージョン 1 についての概要とその政策的含意について触れておきたいと思います。

 

5. 関西経済DSGEモデル Ver.1から

関西経済の特徴としては、前述のとおり、住宅投資と設備投資の動向が全国とは異なる点です。そして、全国に比べて、近年の関西経済のTFP(生産性)の持続性が低いという点も重要です。バージョン1のモデルでは、設備投資と住宅投資の動向を理論モデルに組み込んでいます。住宅投資と設備投資という、2 つの投資を同時に組み入れたDSGEモデルの研究は非常に少ない中で、うまく組み込むことができている点が本研究の一つの大きな貢献になります。

 

5.1 生産の持続性

ここで、少し補足しておきましょう。これまでに見たように、地域ごとの生産性は毎年変動しています。ここで「今年の生産性は去年の生産性と無関係に決まるものではない」と解釈することも可能です。今年の生産性水準は、一定割合の「去年から引き継がれた部分」に「新たな技術革新(あるいは、技術後退)の部分」が合わさったもの、と考えるのも不自然ではないと思います。このとき、前者の部分を「生産性の持続性」と呼んでいます。

 

図 3 で紹介した TFP の推移を用いて、我々はこの生産の持続性を推計しました。その結果、関東は0.74、関西は 0.54 でした。関東では前年の生産性の 7 割以上を引き継いでいるのに対し、関西では約半分しか引き継いでいないのです。このことは重要な意味を持ちます。なぜなら、仮にある年に関西でイノベーションが起こり、その年の生産性が高まったとしても、関西が持つ何らかの構造問題が邪魔をして、その年の生産性の半分程度しか翌年まで持ち越されていないと考えられるからです。この統計的事実は、関西が関東と比べて長期停滞に陥っていることを説明する手掛かりの1つとなるでしょう。

 

経済モデルの構築に成功すれば、短期的な生産性の向上が関西経済にどのような影響を与えるのかをシミュレーションによって調べることができます。図4によれば、生産性の持続性が高いケース(ρc=0.85)に比べ、低いケース(ρc=0.4)は経済にもたらす効果が小さいことがわかります。つまり、関東よりも生産の持続性が低い関西では、生産性向上が経済にもたらす影響は小さくなってしまうのです。

 

 

5.2 政策シミュレーションへの応用

先ほどの分析に加えて、政策評価を行うことができる点も DSGE モデルの強みです。個々の経済主体の最適な行動によって経済モデルが描写されているので、経済政策が社会に与える影響を正確に評価することができます。DSGE モデルは主に金融政策の分析に用いられますが、財政政策の分析にも用いることができます。既存の財政の DSGE モデルは、政府支出の経済効果(乗数効果)に着目しているのがほとんどですが、本研究は、さまざまな租税体系を考慮している点が特徴です。

 

たとえば、本モデルでは、最近の重要な議論である、二段階の消費税引き上げの経済に対する影響を考えることができます。2014年4月に導入された消費税率の変更は、駆け込み需要をもたらしましたが、その後の落ち込みが大きく、予定されていた2段階目は2017年4月に延期されました。次回の消費増税はどのような影響をもたらすのでしょうか。

 

図5 は、2 段階消費増税が消費動向にどのような影響を与えるかをシミュレーションしたものです。シミュレーションによると、第 1 段階の消費増税のアナウンスは駆け込み需要をもたらしますが、実施直後は消費を大きく落ち込ませます。これは、2014 年の増税の結果と整合的です。第 2 段階の消費税増税前には、駆け込み需要が発生しますが、消費はもとの水準に戻るまで十分に上昇することなく、第 2 段階の増税実施後に大きく落ち込んでしまいます。

 

 

6.おわりに

以上にみたように、現行のバージョン 1 は様々なシミュレーションを実施することができ、経済政策の効果を検証することができます。ただし現時点では、消費増税のシミュレーションのなかで関西とその他地域とを区別する要因が明確になっておらず、今後の課題の一つといえます。しかしながら、近い将来、さらに洗練された関西 DSGE モデルを構築すれば、より詳細な描写が可能になるでしょう。その意味で、現行のバージョン1は様々な課題に柔軟に対応できるように、モデルを比較的シンプルな形に留めているとも言うことができます。

 

現在、我々はこのバージョン1に実際の関西経済のデータを注入し、さらにモデルの精度が向上するように取り組んでいます。

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