データからみた日本とオーストラリアの観光産業の現状

Trend Watch No.33

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ABSTRACT

日本とオーストラリアの観光産業をTSAなどのデータから分析。国・地域順の訪日観光客数では7位であるが、その平均支出総額は2位のオーストラリア。現在、アジア太平洋では、富裕層を含めた中間層以上の海外旅行客は増加途上にあるが、訪日外国人観光客の支出の少なさが大きな問題点である。「観光立国」を目指す日本の課題とその解決策を、オーストラリアの政府と企業が設立した「全国労働者促進基金」の事例をヒントに探る。

DETAIL

はじめに

オーストラリアは、⽇本にとって観光政策上、重要な国である。⽇本政府観光局(JNTO)によれば、2014年の訪⽇観光客の訪⽇⼈数は、上位から順に、①台湾(2,830千⼈)、②韓国(2,755千⼈)、③中国(2,409千⼈)、④⾹港(926千⼈)、⑤アメリカ(892千⼈)、⑥タイ(658千⼈)、次いでオーストラリアは(303千⼈)7位に⼊る。また、JNTOの「訪⽇外国⼈の消費動向年次報告書(平成26年)」によると、オーストラリア⼈訪⽇客の平均⽀出総額は、実に第2位である。つまり、訪⽇客数、⽀出額共に多い国である。逆に、オーストラリアには、どの国の観光客が多いのか。表―1は、2013-14年の国・地域別「オーストラリアへの訪問客ベスト10」をまとめたものである。ニュージーランドをはじめ、アジア・太平洋の近隣諸国から観光客が多く、また、中国やイギリスやアメリカからも多いことがわかる。更に現在のベスト10の国・地域の訪問客数の推移を図―1にまとめた。漸減している⽇本とは対照的に、中国・インドからの訪問客数は漸加している。

 

 

 

図表は、オーストラリア政府の公開している旅⾏・観光サテライト勘定(Tourism Satellite Account、以下TSA)のデータにより作成した。⽇本の観光庁も、TSAを公表している。TSAとは、国⺠経済計算(SNA)のサテライト勘定のひとつである。国⺠経済計算(SNA)は⼀国全体のマクロの経済状況を体系的に明らかにしたもので、サテライト勘定は、ある経済活動(ここでは、旅⾏・観光分野)を経済分析のために中枢体系とは別勘定として推計する勘定である。

 

TSAはUNWTO(世界観光機関:World Tourism Organization)が提⽰する国際基準に基づき作成されている。フランスをはじめ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの75か国で導⼊され、観光政策に活⽤されている。観光が⼀国全体にどのような経済効果を及ぼすか、知⾒を広める重要なデータである。

 

ただし、各国政府が公表しているデータは、観光産業の直接経済効果(Direct tourism contribution)のみを扱ったものであったり、あるいは、直接効果と間接効果および誘発効果を含めた全体的効果を提⽰しているものであったりと様々であり、容易には⽐較できない しかし、世界旅⾏ツーリズム協議会(WTTC:World Travel and Tourism Council)のホームページには、世界各国のTSA統計が同じ基準でまとめられている。今回は、WTTCで⽰されたデータを⽤いて、⽇本とオーストラリアとの⽐較を⾏なう。WTTC のデータを整理し、⽇本とオーストラリアとの⽐較をまとめ、表-2に⽰した。

 

 

 

⽇本とオーストラリアの観光産業の直接的なGDPへの貢献度はそれほど変わらないものの、全効果はオーストラリアの⽅が⼤きく上回っており、GDPの1割強を占めている。これは、観光産業のすそ野はオーストラリアが⼤きいことを意味する。更に、観光産業の就業者⽐率はオーストラリアが⼤きいことも表している。外国⼈観光客⽀出は輸出としてカウントされるが、総輸出に占める外国⼈観光客⽀出の割合もオーストラリアが⼤きく上回る。外国⼈観光客⽀出の世界平均割合は5.7%で、⽇本は世界平均を⼤きく下回っている。最後に、観光投資の⽐率であるが、こちらもオーストラリアが⼤きい。以上のことから、オーストラリアは⽇本に⽐べて、観光産業ついては先⾏していると⾔えよう。しかしながら、世界ランキングをみると、両国ともまだまだ、のびしろが⼤きいのが実態である。

 

1 : ここでは1ドル=120円を使用。

 

 

⽇本観光産業の本当の⼒

多くの世界ランキングは、⽇本の観光産業の本当の実⼒を⽰せてはいない。なぜなら、⼩さな国の観光産業が世界ランキングに影響しているからである。⼩さな国(マカオ、イギリス領ヴェージン諸島、アルバなど)では当然、第⼀次および第⼆次産業の規模が⼩さく、観光地として魅⼒的な国であるならば、観光産業の貢献度が⾮常に⾼くなる。表―3 は、TSA データに基づいて⾦額ベースでの直接・全効果等を整理したものである。他の産業の規模も⼤きい⽇本の観光産業の貢献度が2.3%で⼩さく⾒えるが、⾦額ベースでは、観光のGDP貢献額(全効果)は3431億⽶ドル(約41.17兆円)で世界4位である。また、観光投資総額は 316 億⽶ドル(約 3.72 兆円)で世界 6 位である 。要するに、観光は⽇本の経済に⼤きな影響を与えている⼒強い産業である。しかし、⾼いGDP貢献額と投資額は⽇本の観光産業の順調な成⻑を⽰していると限らない。

 

⽇本観光産業の問題点

現在、⽇本の観光産業の最も⼤きな問題点は、訪⽇外国⼈観光客⽀出の少なさである。WTTCのTSA統計によると、2014年度に訪⽇外国⼈観光客⽀出が186億⽶ドル(約2.23兆円)であったが、これは世界22位である。オーストラリアの観光のGDPへの貢献(1,457億⽶ドル[17.48兆円])は⽇本の半分以下であるが、オーストラリアのインバウンド観光客⽀出は188億⽶ドル(約2.26兆円)で、⽇本を上回っている。また、⽇本のインバウンド観光客の⽀出は観光総⽣産の8.2%を占めており、国内観光客の⽀出が観光総⽣産の 91.8%を占めている。⼀⽅、オーストラリアのインバウンド観光客の消費は観光総⽣産の 18.7%を占め、⽇本を⼤きく上回る。以上のことから、オーストラリアでは外国⼈観光客の消費が観光総⽣産において、やや⼤きい割合を占めているが、⽇本の観光総⽣産に最も貢献しているのは、実は国内旅⾏者の消費といえる。当然、国内旅⾏者より訪⽇外国⼈観光客のもたらす消費の⽅が経済成⻑に直結するため、インバウンドの観光客数とその消費を増やす必要があるといえよう。

 

「観光⽴国」を⽬指す⽇本にとって、もうひとつの重要な課題は「娯楽旅⾏」の割合を⾼めることである。2014 年の娯楽旅⾏の⽀出は、観光総⽣産の 66.5%(15.94 兆円)で、ビジネス旅⾏(出張など)が 33.5%(8.02 兆円)を占めた。⼀⽅、オーストラリアの娯楽旅⾏の⽀出割合は 83.5%と、ビジネス旅⾏ 16.5%を⼤きく上回る。娯楽⽬的の旅⾏者は、娯楽施設を訪れて⼤きく消費するため、娯楽旅⾏を増加させることは、より観光総⽣産の成⻑を促すと考えられる。

 

最後に、観光産業就業者の需要と⽀給の問題について指摘する。WTTCが⾏なった46カ国の観光産業就業者需要・⽀給調査によれば、2024 年までの⽇本とオーストラリアの就業者需要は、各々、世界 3 番⽬と 4 番⽬に低いと予測されている。しかし、供給の予測値から需要の予測値を差し引くと、オーストラリアのスコアは0.0に対し、⽇本のスコアは驚くことに-0.6となる。つまり、⽇本で就業者の⽀給が需要より少なく、特に東京オリンピックなど、旺盛な需要が⾒込まれる時期に、観光産業は就業者不⾜に陥る懸念がある。さらに、WTTCに⼊会している⽇本企業が-0.6 というスコアが「楽観的」だと、この研究を批評し、すでに宿泊業と輸送業では⼈⼿が⾜りていないと論じた。今後のインバウンド観光客の増加に備えた観光産業就業者の増強は必須となろう。

 

観光産業の問題を解決するには

1. インバウンド観光客の⽀出増加

現在、アジア太平洋では、中国、インドネシア、インド、さらには新興国の経済成⻑に伴い、富裕層を含む中間所得層以上の海外旅⾏客は増加途上にある。2030 年までに、北東アジアと東南アジアの旅⾏市場は急増する。アジアの国際観光到着⼈数は、2010 年が 1.81 億⼈であったのに対し、2030 年には4.80 億⼈まで増加すると予測されている 。オーストラリアでも、過去 10 年間、海外旅⾏者数は 477万⼈から 922 万⼈と毎年増加している。東京オリンピックを控えている今こそ、近隣諸国からの需要に応え、「観光⼤国」として⽣まれ変わる好機であろう。産業構造を変えるチャンスなのだ。しかし、このチャンスを掴むには、観光産業において、いくつかの改善点がある。

 

世界経済フォーラムは毎年、世界各国の観光競争⼒を評価している。2015 年の総合ランキングでは、⽇本が9位である。2011年は22位であり、競争⼒は短期間でかなり上がったといえよう。しかし、項⽬別の競争⼒指標をみると、改善余地がいくつかある。世界経済フォーラムにおいて、⽇本で「悪い」と評価された項⽬は「観光サービスインフラ」である。「観光サービスインフラ」が世界75位で、その中で「Visa カード対応可能のATMの数」が世界73位であった。また、「外国⼈歓迎度」が世界16位で⾼い評価を得たものの、「ビザ取得の厳格さ(必要性)」は下位で、世界 111 位である。つまり、喫急に実現可能な対処策として、「ATMのクレジットカード対応向上」や「観光客のビザ緩和」の実現により、⽇本の観光競争⼒が⾼まると世界経済フォーラムは指摘している。

 

勿論、インバウンド観光客を増やすことは容易なことではない。それぞれの国の観光客の興味やニーズが異なるため、それぞれの国⼈々の興味にあった観光戦略が求められる。特に、観光市場が拡⼤するアジア太平洋の国々と、⼀⼈当たりの所得が⾼く潜在消費⼒の強い国(オーストラリア、アメリカなど)の興味とニーズを分析し、これらの国をターゲットとする多⾔語のキャンペーンを実施する必要があるだろうし、こうした対処策は⼗分価値があると考えられる 。

 

2. レジャー旅⾏の促進

⽇本でレジャー旅⾏を増やすことは、インバウンド観光客を増やすことと密接に関連している。多くの外国⼈の訪⽇⽬的はレジャー旅⾏であり、訪⽇外国⼈が増えれば増えるほど、レジャー旅⾏の割合も増える。しかし、国内のレジャー旅⾏者と海外からの旅⾏者はテイストも異なるが、まだまだ海外旅⾏者向けの投資は不⼗分なのが現状である。レジャー旅⾏者の割合を増やすためにも、国内旅⾏者向けのみに限らず、もっと海外からの旅⾏者向けの宣伝に⼒を⼊れる必要があると考えられる。

 

3. 観光産業への就業⽀援

観光産業における就業者数を増やし、⽀援するためには、⽇本はオーストラリア政府が⾏った戦略から学ぶとよい。観光産業の就業を促進するために、オーストラリアの政府と企業は「全国労働者促進基⾦」を設⽴した。この基⾦は観光産業を含めたサービス業全体の就職率を上げるために使⽤されている。また、基⾦では、観光業に従事するために必要な職業訓練プログラムが設⽴され、このプログラムを通じて学⽣は観光産業の仕事に必要な知識を習得し、就職に必要な資格を取ることができる。オーストラリア政府によると、この基⾦の実現によって、観光産業の就業者数が増え、転職率が下がり、就業者のスキルや仕事の満⾜度も上がったとしている。

 

⽇本の総投資額に占める観光投資額の割合は世界 139 位である。インバウンド観光客の需要に応じるために、観光において、インフラのみに限らず、就業者の育成にも投資する必要性は、オーストラリアの例から分かる。外国⼈の対応もできる、スキルの⾼い就職者を増やすことにより、「観光⽴国」へ⼀歩近づける。

 

2025年までの⾒通し

観光⽴国推進基本計画では、観光産業が経済成⻑のエンジンと成り得ると観光庁が指摘している。確かに、2025 年までは⽇本の観光産業の⾒通しは明るい。東京オリンピックなどの国際的なイベントの影響で、訪⽇外国⼈消費額は 2015 年度から 2025 年度まで年率 4.5%で成⻑し、2014 年度の⽔準(196.82 憶円)から120億円(0.6倍)程度増加すると予測されている。さらに、観光投資は同10年間に年率1.7%で成⻑し、334.18 憶円(2014 年度・確定値)から 401.81 億円(2025 年度・予測値)まで上がると予測されている。しかし、2020 年東京オリンピックピークの後、観光産業の⻑期的な成⻑を保つためには、観光産業の問題を改善することが重要である。

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