COP21 パリ協定とその評価

Trend Watch No.35

洞察・意見 » トレンドウォッチ

ABSTRACT

昨年12月のCOP21で採択されたパリ協定は、先進国のみが義務を負うトップダウンの京都議定書レジームから、全ての国が削減努力を行うボトムアップのプレッジ&レビューへの画期的な転換となった。他方、パリ協定では非現実的ともいえるトップダウンの温度目標が設定されており、各国がボトムアップで持ち寄る目標総計との間で大きなギャップが生ずることは確実である。両者をブリッジするのは国連交渉ではなく、革新的技術開発しかない。日本は優れた環境エネルギー技術の普及と共に革新的技術開発に向けた国際貢献を行うべきだ。また日本の26%目標を達成するためにはその前提となるエネルギーミックスの実現が不可欠であり、カギを握るのは原子力の再稼動である。更に電力自由化の下で原発のリプレースを可能にする政策環境についても検討が必要だ。

DETAIL

1.COP21の位置づけ

12 ⽉ 4 ⽇〜13 ⽇にかけてパリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国(COP21)は世界的な注⽬を集める会合であった。まず、温暖化交渉の流れの中でのCOP21の位置づけを考えてみたい。

 

1992 年の気候変動枠組条約は、温暖化防⽌の国際的取り組みの基本法として⼤きな意義を有する反⾯、当時の経済⼒を前提とした附属書Ⅰ国(先進国)、⾮附属書Ⅰ国(発展途上国)の⼆分法と、「共通だが差異のある責任」の原則を条約に刻み込むこととなった。

 

1997 年の京都議定書はこの⼆分法を更に進め、附属書Ⅰ国のみが温室効果ガス削減義務を負い、国連の下で先進国の排出量を割り当てるという⽚務的、かつトップダウンの枠組みを作り出した。その結果、途上国と異なる義務を負うことが⾃国の経済⼒に悪影響を及ぼすと懸念した⽶国の離脱を招き、京都議定書体制は最初から重⼤な瑕疵をはらむこととなった。更に 2000 年以降、中国等の新興国の排出量の急速な伸びに伴い、京都議定書で削減義務を負う先進国の排出量シェアは 4 分の 1 以下となり、議定書が世界の温室効果ガス削減に殆ど役⽴たないことは、2005年の発効以前から既に明⽩だった。

 

第⼀約束期間が終了する 2013 年以降の枠組みの議論においても、京都議定書は気候変動交渉を呪縛し続けた。2007 年の COP13(インドネシア・バリ島)で合意されたバリ⾏動計画では 2009 年のCOP15(デンマーク・コペンハーゲン)で 2013 年以降の枠組みに合意することとしていたが、全ての主要排出国の参加する⼀つの枠組みを主張する先進国と、昔ながらの先進国・途上国⼆分論に固執し、第⼆約束期間の設定と先進国からの⼀層の資⾦、技術移転を主張する途上国との激しい対⽴は続いた。COP15 の最終局⾯でオバマ⼤統領、メルケル⾸相の主導により 20 数ヶ国の⾸脳が「コペンハーゲン合意」を作成したが、⼀部途上国が⼿続きの不透明性を⾮難し、「留意」に終わってしまう。

 

コペンハーゲン後、EU はあくまで第⼆約束期間設定に固執する途上国に妥協し、全ての国が参加する枠組みと第⼆約束期間の並⽴を認めるとの⽅針転換を⾏った。他⽅、⽇本、カナダ、ロシアは第⼆約束期間の設定は全ての国が参加する実効性ある⼀つの枠組み構築への逆⾏であるとの理由でこれに反対した。このため2010 年の COP16(メキシコ・カンクン)では第⼆約束期間の取り扱いが最⼤の争点となり、初⽇に第⼆約束期間への不参加を表明した⽇本は途上国や環境NGOからの強い⾮難を受け、国内の報道も「⽇本が孤⽴する」と書き⽴てた。しかし⽇本は粘り強く⾃国の⽴場を説明し、最後までポジションを貫いた。

 

COP16 ではコペンハーゲン合意を発展させた「カンクン合意」が採択された⼀⽅、京都議定書第⼆約束期間については、参加を表明するEU等と不参加を表明する⽇本、ロシア、カナダに分かれることとなった。全ての国が参加する 2013 年以降の枠組みとして採択されたカンクン合意は、先進国、途上国が緩和⽬標/⾏動を⾃主的にプレッジし、それをMRV(計測・報告・検証)するというボトムアップ型のプレッジ&レビューの枠組みである。これは先進国のみに義務を課したトップダウン型の京都議定書とは明確に異なるものであり、COP21 で採択されたパリ協定もこの流れに沿っている。温暖化交渉の歴史を振り返るとき、カンクン合意は「京都議定書時代の終わりの始まり」として記憶されることになるだろう。

2011 年の COP17(南ア・ダーバン)ではポスト 2020 年の枠組みを交渉するための「ダーバンプラットフォーム」が採択され、2015 年の COP21 において「全ての締約国に適⽤される、枠組み条約の下での議定書、その他の法的⽂書あるいは法的効⼒を有する合意成果」を得るとの作業計画が合意された。京都議定書交渉では先進国の削減コミットメントのみに限定し、途上国のコミットメントはあらかじめ除外されていた。バリ⾏動計画は先進国、途上国の緩和⽬標/緩和⾏動を盛り込み、全ての国の参加する枠組みを⽬指したものの、並⾏して進む第⼆約束期間交渉のため、途上国は「先進国は京都議定書に基づく義務、途上国はバリ⾏動計画に基づく⾃主⾏動」という主張を展開した。ゆえに「全ての国が気候変動に取り組む必要があり、気候変動がグローバルな性格を有することから、地球全体の温室効果ガス削減を加速するためには全ての国の協⼒と実効ある適切な国際対応への参加が必要」との認識の下に、⼀つの交渉の場(ADP)で「全ての締約国に適⽤される(⼀つの)枠組みを作る」というダーバンプラットフォームには⼤きな歴史的意義がある。

 

COP21 はこのような交渉経緯の中で、全ての締約国に適⽤される⼀つの枠組みに合意する場として、世界的な期待を集め、⾒事に合意を導き出した。

 

以下、パリ協定の採択経緯、COP21 はなぜ成功したのか、パリ協定の概要とその評価、そして⽇本がとるべき⽅向について私⾒を述べてみたい。

 

パリ協定の採択

12 ⽉12⽇(⼟)フランス時間午後7時半頃、京都議定書に代わる新たな法的枠組みであるパリ協定が採択された。ファビウス外務⼤⾂が「パリ協定を採択する」といって⽊槌をおろすと、会場は⼤きな拍⼿に包まれた。筆者が陣取っていたプレスルーム周辺でも⼤きな歓声と拍⼿がわいた。その後の各国のステートメントも議⻑国フランスと新たな協定に対する最⼤級の賛辞が続いた。採択後、唯⼀、ニカラグアが合意内容に対する不満を⻑々と述べたが、ファビウス外相からは「早く発⾔を終えるように」と軽くあしらわれて終わった。2010年のCOP16でカンクン合意が採択された際、ただ⼀国反対をするボリビアに対し、議⻑のエスピノーザ・メキシコ外相が「ボリビアの発⾔は議事録に残す。しかしコンセンサスは全員⼀致を意味しない」として押し切ったことを思い出す。2009年のCOP15でボリビア、ニカラグア等の反対でコペンハーゲン合意の採択がブロックされたことを思うと隔世の感がある。

⼟曜朝の新聞は10⽇(⽊)夜に出た議⻑第⼆次テキストをめぐって各国の意⾒は未だ鋭く対⽴しており、議⻑の最終テキストが出るのは早くても12⽇(⼟)の夜、会議が終わるのは13⽇(⽇)午前中であろうとの観測を伝えていた。京都議定書に続く新たな法的枠組みに合意するというミッションの難しさを考えれば、合意がそのタイミングまでずれ込むことは容易に想定され、⼟曜午後7時半にパリ協定が採択されたのは予想よりも早かった感がある。

 

2. COP21はなぜ成功したのか

筆者は、COP21開催前から、「COP21に向けては多くの対⽴点があるが、合意形成については慎重に楽観的(cautiously optimistic)である」と述べてきた。今回、COP21が成功した背景には以下の諸要素があると考えられる。

 

(1)⽶国、中国の前向き姿勢

何より、世界第⼀位、第⼆位の排出国である中国、⽶国が合意を欲していたことは⼤きい。⽶国はCOP15の時も前向きであったが、オバマ⼤統領就任1年⽬の2009年と異なり、今回は⼤統領任期2期⽬を1年余り残すのみである。温暖化問題でレガシーを残したいオバマ⼤統領にとっては後がない。通常はトッド・スターン特使をヘッドとする⽶国代表団を⼆週⽬からはケリー国務⻑官⾃⾝が指揮し、各国との調整に精⼒的に動き回っていたのはその証左である。

 

他⽅、中国にとって深刻な⼤気汚染問題に本腰を⼊れて取り組むことは体制維持のためにも不可⽋であった。⾃動⾞排気ガス、発電所からの煤塵等の⼤気汚染問題に取り組むことは、そのまま温室効果ガス削減にもつながることになる。また 2000 年以降、右肩上がりであった経済成⻑にも鈍化が⾒えてきたし、その⽅向性もより⾼効率、⾼付加価値の産業を⽬指す意向が鮮明になってきた。COP15前のタイミングでは温室効果ガスのピークアウトのタイミングを⽰すことにすら後ろ向きであった中国が2030年ピークアウトを表明したのはこのような背景がある。更に南沙諸島等における拡張主義が周辺国との摩擦を引き起こしている中で、温暖化防⽌に積極的な姿勢を⽰すことは「国際的に前向きな役割を果たす中国」を演出する上で⼤きな意味がある。特に⽶国と協⼒することは中国の志向する「新たな⼤国関係」を印象付ける上でも外交政策上⼤きな意味がある。

 

こうした要素はCOP15時点には存在しなかったものであり、COP21成功の⼤きな背景といえよう。

 

(2)議⻑国フランスの不退転の決意

議⻑国フランスは国の威信にかけて合意を作り出す決意であった。⾸相経験者であるファビウス外相が陣頭指揮をしたのもその決意の現れである。温暖化交渉の歴史の中でエポックメイキングなCOPが欧州で開催されるのはコペンハーゲンに次いで2度⽬である。コペンハーゲンの無残な失敗がデンマークのみならず欧州の威信低下を招いたことを考えれば、コペンハーゲン以上に重要なパリでの失敗は絶対に避けねばならない。またフランスは11⽉のテロ攻撃に屈せず、COP21を敢然と決⾏した。COP21で合意を取りまとめ、フランスの国威を世界に⽰すことが⼀層の⾄上命題となったことは想像に難くない。加えて13⽇(⽇)には第⼆回地⽅選挙がある。直前の第⼀回地⽅選挙で極右政党の躍進を許したオランド⼤統領にとっても国際協⼒、マルチラテラリズムの象徴ともいうべき地球温暖化問題で是⾮とも得点を挙げたいところであった。

 

(3)合意を欲した脆弱国

議⻑国フランスと第⼀位、第⼆位の排出国である中国、⽶国が前向きであったとしても国連交渉は190 ヶ国を超える国が合意しなければ前に進まない。その意味で途上国の多数を占めるアフリカ諸国、LDC、島嶼国等が合意を欲していたという要素も⼤きい。彼らにとって最⼤の関⼼事は先進国からの⽀援確保である。経済⼒の強い新興途上国や、⽬減りしているとはいえ⽯油収⼊の蓄積のある産油国とは事情が違う。会議が決裂して資⾦援助や技術援助が宙に浮いてしまえば、困るのは脆弱国である。また脆弱国の⽬から⾒れば、⼤排出国となった中国、インドにも排出削減に取り組んでもらわねば困る。今回のCOPで⽶国、EU等と島嶼国、アフリカ諸国等が「High Ambition Coalition」を組んだことは、G77+中国の中で分断が進んでいることを⽰すものであり、特にCOP15における中国を髣髴させるような強硬姿勢の⽬⽴ったインドへの⼀定の牽制となったことは想像に難くない。

 

(4)京都議定書ファクターの不在

コペンハーゲンに向けての交渉を難しくしていた⼀つの背景は京都議定書第⼆約束期間の存在である。当時、国連交渉では⻑期協⼒特別作業部会(AWG-LCA)でポスト2013年枠組みの交渉が進んでいる⼀⽅で、京都議定書特別作業部会(AWG-KP)では第⼆約束期間の議論が進められていた。先進国のみが義務を負うという京都議定書的な⼆分法にこだわる途上国は京都議定書第⼆約束期間の設定をポスト2013年枠組み交渉の進展の条件とする戦術をとっていた。京都議定書が依然として「⽣きて」いたことが、全ての国が参加する枠組みの策定の阻害要因になったのである。しかしCOP21交渉では、こうした京都議定書ファクターは消滅していた。地球レベルの温室効果ガス削減にとって京都議定書のような枠組みは何の役にも⽴たないことは明らかであり、京都議定書第⼆約束期間の設定を受け⼊れたEUですら、第三約束期間という議論には⾒向きもしなかった。また京都議定書のように⽬標数値に拘束⼒をもたせる枠組みには⽶国や新興国が乗ってこないという点についても共通認識が広がっていた。もちろん、EUや島嶼国のように引き続き京都議定書のような⽬標数値に義務をもたせる枠組みを主張する国々、LMDC(Like Minded Developing Country Group)のように先進国のみが義務を負う枠組みを主張する国々もいたが、それは多分に交渉上のポジションあり、本気でそれが実現可能であると信じていたとは思えない(そうであるとすれば交渉官失格であろう)。交渉成果の暗黙の了解はカンクン合意をモデルとしたボトムアップのプレッジ&レビューであった。京都議定書策定後18年を経て温暖化交渉の地合いも変化・成熟しており、それが交渉妥結にプラスの要素となった。カンクン合意の元となったコペンハーゲン合意ができる前にはこうした状況ではなかった。

 

(5)フランスの会議運営の巧みさ

議⻑国フランスの会議運営の巧みさも特筆せねばならない。彼らはコペンハーゲンの失敗の経験を綿密に研究していたに違いない。⾸脳プロセスを会議冒頭に持ってきてモメンタムを⾼めたのはその⼀例だ。コペンハーゲンでは交渉が未だ収斂しない⼆週⽬中盤に⾸脳が続々と到着し、混迷の極に達したことと対照的である。コペンハーゲンではデンマークの稚拙な会議運営に危機感を覚えたオバマ⼤統領他主要国⾸脳が「コペンハーゲン合意」という前代未聞の⾸脳レベルドラフティング交渉につながった。COP15終盤、デンマークは議⻑国としての機能を喪失していたと⾔って良い。これに対してフランスは最後まで議⻑として運転席に座り続けた。透明性、全員参加にも最⼤限の配慮を払ったものであった。COP15 では、デンマークが⽤意していた「議⻑テキスト」が新聞にすっぱ抜かれ、途上国の不信を招き、会議が胸突き⼋丁にかかる⼆週⽬の⼤事な局⾯で議⻑提案を出すきっかけを失ってしまった。コペンハーゲン合意の採択に失敗したのは少数国⾸脳による密室での協議が⼿続上の批判を招いたことによる。今回、フランスは1 週⽬で終了したADP交渉を引き継ぎ、⾃然かつ円滑な形で議⻑テキストを出した。全体会議場のそこかしこでテーマに応じた「解決のためのインダバ(関⼼国が頭を寄せ合って相談すること)」を⾏わせ、「⾒えないところで少数国の間で何かが進んでいる」という印象を与えないようにした。温暖化交渉では途上国がプロセスに難癖をつけ、交渉が停滞することが⽇常茶飯事だが、今回のCOPではそうした⼿続上のトラブルが驚くほど⽣じなかった。フランスがG77+中国の議⻑国である南アフリカやフランスの影響が強いアフリカ諸国と密接に連絡を取っていたことも奏功したのであろう。またCOP15最終局⾯で⼿続き上の瑕疵を理由に⼤暴れしたボリビア、ヴェネズエラをイシュー毎の閣僚級ファシリテーターとして取り込んだこともフランスらしい⽼獪さである。COP15で⾎の流れる⼿をかざして議⻑国デンマークに詰め寄ったヴェネズエラのクラウディア・サレルノ⾸席交渉官が、パリ協定採択の際には満⾯の笑みで議⻑国フランスと合意内容を称えていたのは「⼀代の奇観」との感があった。

 

議⻑ドラフトの出し⽅もよく考えられたものであった。10⽇夜に出された第⼆次テキストは、第⼀次テキストから途上国に更に⼤きく寄ったものとなっていた。資⾦⾯では1000億ドルを下限とする数値⽬標、⼆年に⼀度の報告義務、先進国は資⾦援助義務、その他の国の資⾦供与は⾃主的・補完的といった途上国寄りのテキストがブラケットなしで提⽰される⼀⽅、先進国が最も重視する透明性については、先進国と途上国の⼆分化を容認するオプションが残されていた。資⾦⾯については途上国寄りのクリーンテキストをそのままにし、透明性については途上国寄りのオプションと先進国が⽀持するオプションの間で着地点を探るというのでは、先進国にとって受け⼊れられない。フランスもそんなことは百も承知だったはずだ。⼤詰めの段階で「途上国が反発して合意に失敗するリスクはあるが、先進国は最後には合意を壊さないだろう」という読みに基づき、まずは途上国に⼤きく寄ったテキストを出し、途上国の⽀持を取り付けようとしたのではないか。その後、最終テキストでは先進国のコメントを⼊れて途上国に⼤きく振れた資⾦のテキストの振り⼦を戻す⼀⽅、透明性については先進国の重視する「先進国、途上国共通のフレームワーク」をベースとしつつ、途上国への配慮条項を随所に書き⼊れた。全体的には途上国側への配慮が引き続き⽬⽴つものの、⼤きく途上国寄りだったテキストを真ん中⽅向に戻しているため、先進国の納得も得やすい。交渉の「相場」をうまくコントロールしたと⾔えよう。

 

駄⽬押しは合意に向けた雰囲気づくりである。12 ⽇に最終テキストを出す直前にパリ委員会を開催し、ファビウス議⻑は「我々は合意に⾮常に近づいている。これから出す最終テキストは考えうる最善のバランスを図ったものだ。皆が100%⾃分の意⾒を通せば、全体はゼロになってしまう。皆は合意を欲しているのか、いないのか?」として最終テキストをそのまま受け⼊れることを強く求めた。パンキムン国連事務総⻑、オランド⼤統領も次々に登壇して各国に柔軟性と合意を求め、そのたびに⼤きな拍⼿を浴びた。この時点でフランスは紛糾していた部分について関係国との調整を終えていたことは間違いない。しかし協定案全体について190か国超の意向を確認していたわけではなく、どこかの国が異議を唱える可能性も排除できない。そのため、最終案に⽂句を⾔わせない空気を事前に作り出そうとしたのであろう。 いずれも外交達者、粘り腰のフランスらしい⽼獪さである。猪突猛進型のデンマークとは役者が違うと⾔わねばなるまい。

 

(6)交渉官も⼈の⼦

最後になかば冗談、なかば本気の感想だが、開催地の環境も交渉官の⼼理に影響を与えるのではないかと思う。COP15は国際交渉のおかれた環境が厳しかったことももちろんだが、冬のコペンハーゲンの寒さと暗さ、⾷べ物の不味さと値段の⾼さ等が交渉官のメンタリティをより対⽴的なものにしていった気がしてならない。ニューヨークタイムズの記事によればフランスはCOP議⻑国を引き受けた直後から世界各国のフランス⼤使館、総領事館に指⽰を出し、フランスの武器であるワインやフランス料理を使って各国の関係者との関係強化に腐⼼したという。オープンサンドイッチくらいしか売り物のないデンマークにはできない芸当である。またCOP21は暖冬のせいか、気候も⽐較的おだやかで、会場の⾄る所で美味しいPaulのパンやエスプレッソコーヒーが良⼼的な値段で売られていた。こうした有形無形のソフトパワーが交渉官の⼼理にポジティブな影響を与えた側⾯は無視できないと考える。

 

3. パリ合意の概要

次に今回合意されたパリ協定の主要ポイントを⾒ていこう。協定全⽂は以下のサイトでダウンロード可能なので適宜参照しながらご覧いただきたい。

 

http://unfccc.int/resource/docs/2015/cop21/eng/l09r01.pdf

 

(1)⽬的

パリ協定第2条では本協定の⽬的として「世界的な平均気温上昇を産業⾰命以前に⽐べて2℃より⼗分低く保つとともに、1.5℃に抑える努⼒を追求すること」(第1項(a))、「適応能⼒を向上させること」(第 1 項(b))、「資⾦の流れを低排出で強靱な発展に向けた道筋に適合させること」(弟 1 項(c))等によって、気候変動の脅威への世界的な対応を強化することであると規定している。

 

また第2項では「この協定は、衡平及び各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能⼒の原則を反映するよう実施する」と規定した。

本条で特記すべき点は、初めて国際条約に温度⽬標が記載されたことである。もちろん、第2条の柱書「This Agreement… aims to strengthen the global response to the threat of climate change …, including by:」を受けて「(a) Holding the increase in the global temperature to well below 2℃ above pre-industrial levels and to pursue efforts to limit the temperature increase to 1.5℃ above pre-industrial levels…」となっているため、努⼒⽬標ではある。しかし気候変動枠組条約第2条では「この条約及び締約国会議が採択する法的⽂書には、この条約の関連規定に従い、気候系に対して危険な⼈為的⼲渉を及ぼすこととならない⽔準において⼤気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な⽬的とする。そのような⽔準は、⽣態系が気候変動に⾃然に適応し、⾷糧の⽣産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進⾏することができるような期間内に達成されるべきである」と規定されているのみで、具体的な濃度⽬標や温度⽬標は記載されていなかった。カンクン合意前⽂においては「IPCC第4次評価報告書にあるように産業⾰命以降の温度上昇を2度以下に抑制するためには⼤幅な温室効果ガスの抑制が必要であり、締約国はこの⻑期⽬標を満たすために迅速な⾏動が必要であることを認識する。また最良の科学的知⾒に基づき、1.5℃を含む⻑期⽬標の強化を検討する必要があることを認識する」という⽂⾔が⼊っていたが、あくまで「認識」の対象であった。今回は特定の温度が「認識」を超えて条⽂本体の⽬的に⼊り、しかもカンクン合意の「2度以下(below 2 °C )」が「2度を⼤幅に下回る(well below 2 °C )」に強化され、更に「1.5℃を⽬指す」という⽂⾔も加わったのは⼤きな違いである。加えてCOP決定パラ21 ではIPCCに対し、2018年に1.5℃⽬標を達成するための温室効果ガス排出経路についての特別レポートの作成することを指⽰している。

 

1.5℃への⾔及は島嶼国や環境NGOが強く求めていたものであり、彼らが今回の合意で最も⾼く評価するのはこの部分であろう。温暖化の被害を最も甚⼤に受けるといわれる島嶼国は温暖化交渉の中で特殊な地位を占めている。彼らの賛同を得るために温度⽬標の⽂⾔が強化されたわけだが、今後に向けて⼤きな課題を残すことにもなった。この点については後述したい。

 

温度⽬標と併せ、資⾦フローが⽬的に明記されたのも本条の特⾊である。この点は本交渉の⽬的を先進国からの⽀援獲得に置いていた多くの途上国の強い主張を踏まえたものであり、以後、「資⾦」はパリ協定のいたるところに登場することになる。

 

もう⼀つ特筆すべき点は、第2項の「各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能⼒の原則(principle of common but differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different national circumstances)」という表現である。気候変動枠組条約、京都議定書、ポスト2013年交渉を通じて常に交渉を呪縛してきたのが「共通だが差異のある責任と各国の能⼒」、いわゆるCBDRRC(Common But Differentiated Responsibilities and Respective Capabilities)である(通常は短縮してCBDRと呼ばれる)であり、先進国、途上国の差異化の根拠とされてきた。今回の交渉の最⼤の争点は条約上の原則であるCBDRを条約策定後の国際経済環境変化の中でどのように新たな法的枠組みに反映させていくかにあった。従来のCBDRRCに「各国の異なる状況に照らして」を加えることにより、CBDRRCが固定的なものではなく、各国の経済発展の変化を踏まえてダイナミックに解釈されることを含意することとなった。この表現はリマのCOP20で合意されたものであるが、今回、新たな法的枠組みに盛り込まれることとなった。後述するようにパリ条約には附属書Ⅰ国、⾮附属書Ⅰ国という表現ではなく、先進締約国、開発途上締約国という、よりダイナミックな解釈が可能な主語が⽤いられていることと併せ考えれば、今後はCBDRを根拠に1992年当時の先進国、途上国分類に基づく差別化を主張することが難しくなることを含意している。BBCは「CBDRRCILDNCが合意を導き出した」と報じているが、交渉官は今後の交渉で、CBDRではなく、その3倍近い⻑さの⾆を噛みそうな略語を連発することになるだろう。

 

パリ協定第3条では、本協定の総則として「締約国は、気候変動への世界的な対応への⾃国が決定する貢献(nationally determined contribution)に関し、この協定の⽬的達成のため、第 4 条(緩和)、第7条(適応)、第9条(資⾦)、第10条(技術)、第11条(キャパシティビルディング)及び第13 条(透明性)に定める野⼼的な取組を実施し、提出する。締約国の取組は、この協定を実効的に実施するために開発途上締約国を⽀援する必要性を認識しつつ、⻑期的に前進を⽰す(As nationally determined contribution to the global response to climate change, all Parties are to undertake and communicate ambitious efforts as defined in Articles 4,7,9,10,11 and 13 with the view to achieving the purpose of this Agreement as set out in Article 2. The efforts of all Parties will represent a progression over time, while recognizing the need to support developing country Parties for the effective implementation of this Agreement)」と定めている。

 

今次交渉を通じて各国は温暖化防⽌に対する貢献として約束草案(INDC: Intended Nationally Determined Contribution)を提出してきたが、パリ協定参加後は「⾃国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution)」としてその達成に努⼒することになる(以後、簡略化のため、「NDC」と呼ぶこととする)。COP決定パラ22では「批准、加⼊、承認書の寄託よりも前に最初のNDCを提出することが求められているが、パリ協定参加前に約束草案を提出した締約国については、別の決定をしない限り、この要請を満たしたものとみなす」と規定されており、⽇本のように既に約束草案を提出した国は新たな提出⼿続は不要となる。

 

(2)緩和

パリ協定第4条では緩和(温室効果ガスの削減・抑制)に関する規定が盛り込まれた。 第1項では上記の温度⽬標を達成するため、「開発途上締約国のピークアウトにはより⻑い時間がかかることを認識しつつ、できるだけ早く温室効果ガスのピークアウトを⽬指し」「その後、迅速に排出を削減し」「今世紀後半に温室効果ガスの排出と吸収のバランスを図る」こととされた。交渉途上では今年のエルマウサミット⾸脳声明に盛り込まれた「2050年までに2010年⽐40-70%の⾼い⽅の削減を⽬指す」との全球削減⽬標も検討されたが、中国、インド等の強い反対によって盛り込まれなかった。先進国の⻑期削減⽬標を差し引けば⾃動的に途上国全体の⻑期削減⽬標にもつながることを嫌ったからであろう。

 

この点については2009年の主要経済国フォーラム(MEF)における構図と全く変わっていない。温度⽬標を排出削減⽬標に「翻訳」するためには産業⾰命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合、どの程度の温度上昇をもたらすかという気候感度を決める必要があるが、この点についてはまだ多くの不確実性がある。温度⽬標は受け⼊れられるが、排出削減⽬標は受け⼊れられないというのはそういった背景がある。

 

第2項では「各締約国が累次のNDC(削減⽬標・⾏動)を作成、提出、維持する。また、NDCの⽬的を達成するための国内措置をとる(Each Party shall prepare, communicate and maintain successive nationally determined contributions that it intends to achieve. Parties shall pursue domestic mitigation measures, with the aim of achieving the objectives of such contributions)」と規定された。主語が先進締約国、開発途上締約国で差別化されず、全ての締約国が緩和に向けて⽬標を設定することが法的拘束⼒を⽰すshallという助動詞で義務付けられたことは特筆⼤書してよい。先進国のみが数値⽬標と義務を負う京都議定書からの⾮常に⼤きな転換であり、全ての国が参加する枠組みの根幹となる⾮常に重要な規定である。

第3項では、「累次のNDCは、各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能⼒を反映し、従前のNDCを超えた前進を⽰し、及び可能な限り最も⾼い野⼼を反映する(Each Partyʼs successive nationally determined contribution will represent a progression beyond the Partyʼs then current nationally determined contribution and reflect its highest possible ambition, reflecting its common but differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different national circumstances)」と規定された。⽇本の報道では「野⼼のレベルを引き上げねばならない後退禁⽌条項」とも呼称されたが、助動詞は法的拘束⼒を⽰すshall よりもずっと弱いwillであり、いわば努⼒⽬標と⾔ってよい。交渉ではまさしくこの助動詞が論点となり、オプションとしてshall, should も検討された。法的拘束⼒を持たせるshallとなった場合、各国の提出したNDCが事実上の下限値として法的拘束⼒を持つことになり、⽶国はじめ多くの国にとって受け⼊れられるものではない。このため、12⽉10⽇夜に出された第⼆次テキストでは、ブラケットなしでshouldと明記されていたのだが、それでも受け⼊れられないとした意⾒が多かったのか、最終的には最も弱いwillで決着した。今後、この条⽂の解釈・運⽤に当たってはこうした交渉経緯を念頭に置く必要があろう。

 

第4項では、「先進締約国は、全経済にわたる排出の絶対量の削減⽬標をとることによって、引き続き先頭に⽴つべき。開発途上締約国は、緩和努⼒を⾼めることを継続すべきであり、各国の異なる事情に照らしつつ、全経済にわたる排出の削減⼜は抑制⽬標に移⾏することを奨励される(Developed country Parties should continue taking the lead by undertaking economy-wide absolute emission reduction targets. Developing country Parties should continue enhancing their mitigation efforts, and are encouraged to move over time towards economy-wide emission reduction or limitation targets in the light of different national circumstances」と規定された。ここで特筆されるべきは、パリ協定を通じて「先進締約国(developed country Parties)」と「開発途上締約国(developing country Parties)」という表現が使われ、気候変動枠組条約や京都議定書のように「附属書Ⅰ国」、「⾮附属書Ⅰ国」という表現が使われていないことである。各国の発展段階は進化するのであり、1992年の気候変動枠組条約当時の国の区分を固定する「附属書Ⅰ国」という⽤語を使わなかったことは⾼く評価される。なお、本項では先進締約国、開発途上締約国いずれも助動詞はshould となっているが、フランスが提⽰した最終案の段階では先進締約国がshall、開発途上締約国がshould と使い分けされていた。最終案配布後に開催されたパリ委員会では、キンリー事務局次⻑が本件を含むいくつかの「テクニカルエラー」を早⼝で読み上げ、間髪をいれずファビウス議⻑が「今事務局から提⽰されたテクニカルエラーを修正するとの理解の上でパリ協定を採択する」と⽊槌を下した。しかしshallとshould では法的拘束⼒が全く異なり、通常であれば「テクニカルエラー」で⽚づけられる話ではない。ニューヨークタイムズでは会議開催前に⽶国のケリー国務⻑官が「このままでは⽶国は採択に参加できない」とファビウス議⻑に迫り、修正させたという内輪話が暴露されている。

 

第8項では、全ての締約国はNDCの提出にあたって明確性、透明性、理解増進のために必要な情報を提供すること、第9項では後述の第14条のグローバルストックテークの結果を踏まえ、5年ごとにNDCを提出することが義務付けられた(助動詞はいずれもshall)。またCOP決定パラ23、パラ24では2025年⽬標の国は2020年までに、その後は5年毎に新たなNDCを提出し、2030年⽬標の国は2020 年までに、その後は5年毎にそのNDCを提出⼜は更新することが要請された。2030年⽬標を提出した⽇本の場合、2020年に現在と同じ⽬標を提出することが認められることになる。更に第10項では第1回パリ協定締約国会合において「NDC」の共通の期間を検討することが定められた。これは現在バラついている⽬標年次を揃えていこうという趣旨である。

 

第12項では締約国の提出したNDCは条約事務局が管理する公的な登録簿に記載されることが規定された。京都議定書のように附属書に⽬標値を記載した場合、変更するたびにパリ協定の改正が必要となるため、制度の安定性に配慮した措置である。

 

第19項では、「全ての締約国は各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能⼒を考慮し、第2条(協定の⽬的)に留意し、⻑期の温室効果ガス低排出発展戦略を作成、提出するよう努めるべき(should strive to)」と規定された。

 

(3)市場メカニズム

今回の交渉における争点の⼀つは市場メカニズムを認めるか否かであった。⽇本を含め多くの国々は何等かの形で温室効果ガス削減量の国際移転を認めるべきとの主張を⾏っており、バリ⾏動計画以来、ずっと議論が⾏われてきたが、ヴェネズエラ、ボリビアのような社会主義国が市場メカニズムに強固に反対していたため、議論は進展しないままであった。

 

パリ協定第6条第1項では締約国がNDCの実施にあたって⾃主的な協⼒を⾏うことを選ぶことがあることを認識し、第2項では「NDC達成のために緩和成果の国際的移転を含む⾃主的な協⼒的アプローチを⾏う場合、・・・ガバナンスを含む環境⼗全性と透明性を確保し、ダブルカウントの防⽌を含む強固なアカウンティングを適⽤する」と規定された(Parties shall, where engaging on a voluntary basis in cooperative approaches that involve the use of internationally transferred mitigation outcomes towards nationally determined contributions…ensure environmental integrity and transparency, including in governance, and shall apply robust accounting to ensure, inter alia, the avoidance of double counting…)。また第 3 項では「緩和成果の国際移転は⾃主的なものであり、当事国が承認する(The use of internationally transferred mitigation outcomes to achieve nationally determined contributions under this Agreement shall be voluntary and authorized by participating Parties)」と規定された。この第2項、第3項はまさしく⽇本が追求してきた⼆国間クレジット制度(JCM)の考え⽅であり、⽇本にとって今次交渉の⼤きな成果といって良いであろう。

 

第6条第4項〜第8項ではパリ協定締約国会合の元に設⽴され、その監督を受ける新たなメカニズムについても規定されている。第4項〜第8項の新たなメカニズムが「パリ協定締約国会合の元で設⽴・管理される」とメカニズムが併記されていることにより、前者がパリ協定締約国会合の管理下にないことが確保されているといえるが、注意すべきは第2項、第3項に基づく緩和成果の国際移転がパリ協定締約国会合の採択するガイダンスと整合的(consistent with guidance adopted by the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement)であることが求められ、ガイダンスは今後検討されることだ。パリ協定の元に設⽴される新たなメカニズムのルール、⼿続についても今後パリ協定締約国会合において定められることになる。当事国間で弾⼒的・機能的に運⽤すべき第2項、第3項のガイドラインが国連管理型の第4項〜第8項のメカニズムのルール、⼿続のコピーになることは厳に避けるべきだ。かつて京都メカニズムの制度設計に関与した経験に照らせば、国連で策定するルールや⼿続はどうしても制限的、官僚的なものになる。第2項、第3項のガイダンスが過度に制限的なものとなり、⼆国間クレジット制度のメリットである柔軟性、機動性を損なうことのないよう、今後⼼して交渉せねばなるまい。

 

(4)ロス&ダメージ

温暖化に伴うロス&ダメージに関する規定は温度⽬標と並んで島嶼国が強く主張していた点であるが、先進国は気候変動枠組条約にない新たな概念が盛り込まれ、先進国の法的責任(liability)や補償(compensation)につながることを強く警戒し、あくまで既にプログラムが存在する適応の⼀環として取り組むことを主張してきた。特に訴訟⼤国の⽶国は、パリ協定に基づく訴えが頻発するような事態になれば国内世論が硬化するのは間違いないと⾒て、極めてこの問題に神経質になっていた。

 

パリ協定では適応(第7条)とは別途の条⽂(第8条)でロス&ダメージを規定し、島嶼国の要求を⼀部盛り込むこととなった。ただし、その⽂⾔は「気候変動の悪影響に伴うロスやダメージを回避し、最⼩化し、取り組むことの重要性を認識する」(第1項)、「気候変動のインパクトに伴うロス&ダメージのためのワルシャワ国際メカニズムはパリ協定締約国会合の元におかれ、締約国会合の決定に基づき強化される」(第2項)、「締約国はワルシャワ国際メカニズムを通じ、協⼒的、促進的にロス&ダメージに関する理解、⾏動、⽀援を強化する」(第3項)という穏当なものとなった。また第8条に関するCOP決定パラ52では「パリ協定第8条は責任や賠償の根拠とはならない(Agrees that Article 8 of the Agreement does not involve or provide a basis for any liability or compensation)」と明記された。

 

このようにロス&ダメージでは島嶼国の主張を形式的には盛り込みつつ、実質的には先進国の懸念を払拭するものとなった。温度⽬標が島嶼国の主張を容れて強化されたこととのパッケージであったと解釈できよう。

 

(5)資⾦援助

資⾦援助(第9条)は今次交渉において透明性(第13条)と並んで最も交渉が難航した部分である。ほとんどの途上国にとって交渉に参加している動機は先進国からの⽀援の上積みであるから、それも当然であろう。

 

交渉の⼤きな争点の⼀つは資⾦援助の出し⼿を従来のような先進国オンリーから中国等、能⼒のある途上国にも拡⼤できるかであった。この点については資⾦援助の主体を先進締約国及び「その(資⾦援助)⽴場にある他の締約国(in a position to do so)」、「その能⼒のある(with the capacity to do so)」、「その意思のある(willing to do so)」等がオプションとされていたが、パリ協定最終案の⼀つ前の議⻑テキストでは「他の締約国は⾃主的かつ補完的な形で資⾦供与するかもしれない(Other Parties may, on a voluntary and complementary basis, provide…)」という途上国に⼤幅に譲った表現となっていた。

 

パリ協定第9条第1項では「先進締約国は、条約に基づく既存の義務の継続として、緩和と適応に関連して、開発途上締約国を⽀援する資⾦を提供する(Developed country Parties shall provide financial resources to assist developing country Parties with respect to both mitigation and adaptation in continuation of their existing obligations under the Convention)」とされ、第 2項では「他の締約国は、⾃主的な資⾦の提供⼜はその⽀援の継続を奨励される(Other Parties are encouraged to provide or continue to provide such support voluntarily)」とされた。「⽀援するかもしれない」という直近の議⻑テキストに⽐べて「⽀援することを奨励される」という、より前向きな表現となり、先進国の主張が⼀部取り⼊れられた形となった。

 

第3項では「世界的な努⼒の⼀環として、先進締約国は、公的資⾦の重要な役割に留意しつつ、広範な資⾦源、⼿段、経路からの、国の戦略の⽀援を含めた様々な活動を通じ、開発途上締約国の必要性及び優先事項を考慮した、気候資⾦の動員を引き続き率先すべき。気候資⾦の動員は、従前の努⼒を超えた前進を⽰すべき(developed country Parties should continue to take the lead in mobilizing climate finance from a wide variety of sources, instruments and channels, noting the significant role of public funds ……. Such mobilization of climate finance should represent a progression beyond previous efforts)」と規定された。弟1 項の助動詞がshallであるのに対し、第3 項の助動詞はshould であり、⽶国と中⼼とする先進国の懸念を踏まえ、公的資⾦を中核とすることや資⾦動員の増額が法的義務とならないような表現ぶりとなっている。

 

カンクン合意では2020年までに先進国から途上国に対し、年間1000億ドルの資⾦援助を⾏うことが規定されていたが、今次交渉では条約本体に新たな数値⽬標を書き込むかどうかも⼤きな争点であった。激しい交渉の末、協定本体ではなく、COP決定パラ54に「先進締約国は開発途上締約国の意味のある緩和⾏動と透明性のコンテクストの下で既存の資⾦動員⽬標(注:年間1000億ドルを指す)を2025年まで継続する意向であり、2025年に先⽴ってパリ協定締約国会合は1000億ドルを下限として新たな数値⽬標を定める(Also decides that… developed countries intend to continue their existing collective mobilization goal through 2025 in the context of meaningful mitigation actions and transparency on implementation; prior to 2025 the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement shall set a new collective quantified goal from a floor of USD 100 billion per year)という⽂⾔が⼊った。協定本体から法的拘束⼒のないCOP決定に落とすことにより先進国の懸念に対応した形である。

 

数値⽬標がCOP決定に落とされたとはいえ、先進締約国は開発途上締約国に対する公的資⾦の移転を含め、資⾦援助に関する量的、質的報告を2年に1度⾏うことを義務付けられ(第5項)、公的介⼊を伴う資⾦援助に関する透明性のある情報を2年に1度提供することが義務付けられる(第7項)。また第14条のグローバルストックテークの際にも先進締約国による資⾦援助の情報が考慮される(第6項)。先進国に対して間断なく途上国への資⾦援助についてのプレッシャーがかかる形となっており、途上国の主張が相当部分取り⼊れられている。換⾔すればこの部分なくして途上国の同意を得ることは不可能であったというべきであろう。

 

(6)技術開発・移転

パリ協定第10条は技術開発・移転について規定している。この部分での最⼤の論点は知的財産権の扱いであった。特にインドが知的財産権を技術移転のバリアーとみなし、エイズ特効薬と同様に環境に優しい技術の知的財産権の強制許諾や知的財産権に守られた技術獲得に対する資⾦援助を強く求めていたのである。知的財産権は技術開発の基礎インフラともいうべきものであり、多⼤なリスクとコストをかけた知的財産権が強制許諾の対象となったのではイノベーションを阻害することになりかねない。このため先進国は⼀体となってインドの主張に反対してきた。

 

幸いなことに技術交渉グループの調整努⼒により、パリ協定からは知的財産権に関する⾔及は⼀切なくなった。もちろん⽕種が皆無ではない。第10条第4項では技術開発・移転を推進する技術メカニズムに横断的なガイダンスを与える⽬的で「技術フレームワーク」を設置することが規定された。COP決定パラ68では、来年5⽉の補助機関会合(SBSTA)で技術フレームワークの詳細の検討を開始することとされているが、技術フレームワークの⽬的の⼀つとして、「社会⾯、環境⾯で健全な技術の開発・移転を可能にするような環境整備と障壁への取組を強化する(The enhancement of enabling environments for and the addressing of barriers to the development and transfer of socially and environmentally sound technologies)」が盛り込まれている。この「障壁」の中で知的財産権の問題が蒸し返される恐れもある。しかし「障壁」というのは⾊々なものを含み得る概念であり、先進国の⽬から⾒れば、途上国の投資環境の悪さや知的財産権制度の未整備等も⽴派な「障壁」であり、双⽅向の議論が可能だ。

 

またパリ協定第10条第5項には「イノベーションの加速、促進は⻑期的な気候変動への対応や経済成⻑の促進、持続可能な発展にとって重要。そうした努⼒は研究開発の協⼒的アプローチに対する技術メカニズム、資⾦メカニズムや特に技術サイクルの早期段階に対する開発途上締約国のアクセスの容易化を通じて⽀援される(Accelerating, encouraging and enabling innovation is critical for an effective, long-term global response to climate change and promoting economic growth and sustainable development. Such effort shall be, as appropriate, supported, including by the Technology Mechanism and, through financial means, by the Financial Mechanism of the Convention, for collaborative approaches to research and development, and facilitating access to technology, in particular for early stages of the technology cycle, to developing country Parties)」という⽂⾔が⼊った。これは気候変動問題の究極的な解決のためのイノベーションの重要性を明記したものであり、⾼く評価される。これまでの交渉においても技術分野は資⾦や緩和分野に⽐して現実的な議論がなされる傾向が強かった。相対的に技術に知⾒を有する者が交渉を担当し、とかく先進国との対⽴軸から議論をスタートする途上国の職業交渉官の関与が少ないからかもしれない。

 

(7)透明性

緩和⽬標の実施状況に関する情報提供、レビュー(これを総称して「透明性」と呼んでいる)は今回の交渉の中で先進国が最も重視したイシューの⼀つである。新たな枠組が⽬標値を義務付けるものではなく、⽬標の策定、登録、レビューといったプロセスを義務付けるものとなる中で、枠組みの実効性を確保するためには各国が⾃国の出した⽬標達成に向けて努⼒していることが「⾒える化」していることが重要だからだ。

 

今次交渉における透明性をめぐる交渉では、まず、そのスコープが議論となった。先進国は透明性の元で途上国の緩和⾏動の進捗状況をきちんとフォローすることを重視していた。これに対して途上国は「⾃分たちの緩和⾏動の成否は先進国からの⽀援次第である。緩和⾏動の進捗状況をチェックするならば、そのための⽀援の状況もチェックすべきである」という論理に基づき、透明性のスコープを緩和のみならず、途上国の緩和、適応に対する⽀援(資⾦、技術、キャパシティビルディング)も対象とすべきであると主張してきた。この点については、交渉終盤頃には先進国が妥協し、透明性のスコープに⽀援も加わることが既定⽅針となっていた。

 

最後までもめたのが透明性のプロセスにおいて先進国と途上国の差異化をどこまで認めるかという点である。直近の議⻑テキストではNDCの実施状況に関するレビューが全ての締約国に等しく適⽤されるオプション1と、先進国は「強固なレビューと国際的な評価プロセスを受け、遵守に関わる結論につなげる(robust technical review process followed by a multilateral assessment process, and result in a conclusion with consequences for compliance)」⼀⽅、途上国の提供した情報については「内政⼲渉的でなく、懲罰的でなく、国家主権を尊重し、先進締約国からの⽀援に応じた形で、技術的な分析を受け、国際的な場で意⾒交換を⾏い、サマリーを作成する(technical analysis process followed by a multilateral facilitative sharing of views, result in a summary report, in a manner that I nonintrusive, non-punitive and respectful of national sovereignty, according to the level of support received from developed country Parties)」というオプション 2 が併記されていた。これは露⾻な先進国・途上国⼆分論であり、先進国にとって受け⼊れられるものでは全くなかった。

 

以上の背景を念頭にパリ協定の透明性に関する規定を⾒ていこう。

 

第13条第1項では、「相互の信頼を構築し実効的な実施を促進するため、締約国の異なる能⼒を考慮し全体の経験に基づく柔軟性が組み込まれた、⾏動及び⽀援の強化された透明性フレームワークを設ける(In order to build mutual trust and confidence and to promote effective implementation, an enhanced transparency framework for action and support, with built-in flexibility which takes into account Partiesʼ different capacities and builds upon collective experience is hereby established)」と規定された。上述のとおり、透明性の対象は⾏動(温室効果ガスの削減、抑制)と途上国の緩和、適応への⽀援の双⽅となった。

 

第2項では透明性フレームワークの実施に当たっては「能⼒に照らし柔軟性を必要とする開発途上締約国には、透明性の枠組みの柔軟な運⽤を認める」とされた。また本条を引⽤したCOP決定パラ90では「開発途上国に対し透明性のスコープ、頻度、報告の詳細度、レビューのスコープの⾯で柔軟性を認めなければならず、各国訪問審査については選択を認める。こうした柔軟性は透明性フレームワークのモダリティ、⼿続、ガイドライン策定に反映されねばならない(developing countries shall be provided flexibility in the implementation of the provisions of that Article, including in the scope, frequency and level of detail in reporting, and in the scope of review, and that the scope of review could provide for in-country reviews to be optimal, while such flexibilities shall be reflected in the development of modalities, procedures and guidelines referred to in paragraph 92 below)」と規定された。

 

第3項では透明性フレームワークの実施に当たっては「協⼒的、内政不⼲渉的、⾮懲罰的で国家主権を尊重し、締約国に無⽤の負担を与えない(in a facilitative, non-intrusive, non-punitive manner, respectful of national sovereignty, and avoid placing undue burden on Parties)」こととされている。この表現は冒頭に掲げた直近の議⻑テキストでは開発途上締約国の透明性にのみ適⽤されていたものが、先進締約国、開発途上締約国全体にかかることとなった。

 

第 5 項では⾏動(action)の透明性フレームワークの⽬的を「グッドプラクティス、プライオリティ、ニーズとギャップを含め、パリ協定第2条に規定する気候変動枠組条約の⽬的に照らした⾏動に関する明確な理解を提供し、各国のNDCと適応⾏動の進捗状況をフォローし、第14条のグローバルストックテークへのインプットとすること」と規定している。

 

第6項では⽀援(support)の透明性の⽬的を「第4条(緩和)、第7条(適応)、第9条(資⾦)、第10条(技術)、第11条(キャパシティビルディング)において各国が提供し、受領した⽀援を明確化し、全体としての資⾦援助額をグローバルストックテークへのインプットとする」と規定している。 第7項では各国が温室効果ガス排出量と吸収量のインベントリーと、NDCの進捗状況把握に必要な情報を提供するとされた。第9項では「先進締約国は、開発途上締約国に提供された資⾦、技術移転及び能⼒開発の⽀援に関する情報を提供する。また、⽀援を提供する他の締約国は、当該情報を提供すべき」と規定され、第10項では「開発途上締約国は必要とする⽀援と供与された⽀援の情報を提供すべき」とされた。

 

第11項は冒頭に紹介したレビューに関する部分であり、「第7項、第9項に基づいて提出された情報は、技術専⾨家によるレビューを受ける。開発途上締約国であってその能⼒に照らして⽀援が必要な国においては、専⾨家による検討には、能⼒開発の必要性の特定の⽀援が含まれる。各締約国は、第9条(資⾦)に基づく努⼒に関する進捗及びNDCの実施と達成について、促進的かつ多国間の検討に参加する」と規定された。第12項では「技術専⾨家レビューは各国の⽀援の提供、NDCの実施・達成状況を内容とする。レビューは第13項に規定する透明性に関するモダリティ、⼿続、ガイドラインとの整合性のレビューを含め、各国の改善すべき点を⽰す。レビューにおいては途上国の能⼒や状況に特に注意を払う」とされている。⾏動と⽀援の透明性に関する共通のモダリティ、⼿続、ガイドラインは第1回パリ協定締約国会合で採択することとなっている。第14項、第15項では透明性の実施に必要な⽀援を途上国に提供することが規定された。

 

以上、透明性フレームワークの条⽂全体を眺めてみると、NDCのみならず⽀援も報告、レビューの対象となっていること、直近の議⻑案のような先進国と途上国の露⾻な⼆分論は影を潜め、先進国、途上国が⼀つのフレームワークに参加する形式は取りつつも、その実施に当たっては「これでもか」というほどの途上国配慮の「芽」が埋め込まれており、途上国の主張を相当程度盛り込んだものになっている。透明性フレームワークに関する実施細則は第1回パリ協定締約国会合で採択されることになるが、「悪魔は詳細に宿る」である。透明性フレームワークがもっぱら先進国の緩和努⼒や⽀援実績、予定に偏重したものになること、特に緩和努⼒が期待される⼤排出途上国にとって「⼤⽢」のものとなり、地球全体の温室効果ガス削減に向けた枠組みの実効性を損なうことは厳に避けねばならない。透明性フレームワークの実施細則は今回設置が決まったパリ協定特別作業部会の検討を経て、第1回パリ協定締約国会合への送付を念頭に2018年のCOP24で検討されることになる。透明性フレームワークを実効あるものとするための勝負はこれからであろう。

(8)グローバルストックテーク

パリ協定には、各国の⾏動が全体としてパリ協定の⽬的及び⻑期⽬標の達成に向かっているかをチェックするための枠組みとして、第14条にグローバルストックテークのメカニズムが盛り込まれた。第1項ではグローバルストックテークは緩和、適応、⽀援を含めた包括的かつ促進的なものであると規定されている。先進国、途上国の温室効果ガス削減・抑制に向けた取組の全体的な進捗状況のみならず、途上国への⽀援についてもグローバルストックテークの対象となっているところが特徴だ。グローバルストックテークは 2023 年から開始され、以後 5 年ごとに⾏われ(第2項)、その結果は各国が⾏動、⽀援を更新、拡充する際の参考とされる(第3項)。なお、その予⾏演習とも⾔うべき各国の努⼒の総計についての「対話」が2018年に⾏われることも決まっている(COP決定パラ20)。

 

パリ協定は各国がNDCを持ち寄り、その実施状況をレビューするというボトムアップのプレッジ&レビューの枠組みを基本としているが、このグローバルストックテークの規定により、トップダウンで設定された⻑期⽬標(第2条の温度⽬標、第4条第1項の早期のピークアウト、今世紀後半の排出と吸収のバランス等)との整合性をチェックされることになる。換⾔すればボトムアップとトップダウンのハイブリッド型であるとも⾔える。

 

(9)発効要件

パリ協定の発効要件は第21条第1項において「世界の温室効果ガス排出総量の少なくとも55%と⾒積もられる少なくとも55ヶ国の締約国が批准書(ratification)、受託書(acceptance)、承認書(approval)もしくは加⼊書(accession)を寄託した⽇の後、30⽇⽬の⽇に効⼒を⽣ずる」とされている。京都議定書における発効要件「附属書Ⅰの締約国の1990年における⼆酸化炭素排出総量の少なくとも55%を占める附属書Ⅰの締約国を含む55ヶ国以上の条約の締約国が批准書、受託書、承認書⼜は加⼊書を寄託した⽇の後90⽇⽬の⽇に効⼒を⽣ず」の考え⽅を踏襲するものであるが、先進国、途上国が共に温室効果ガス削減に取り組む本協定では、温室効果ガスのカバレッジ要件が附属書Ⅰ国から世界全体に広げられた。先進国に⽐して途上国の温室効果ガス排出量データ整備が遅れているため、第2項では「第1項の⽬的に限定し、『温室効果ガス排出総量』とは条約採択の⽇もしくはそれ以前に締約国から条約事務局に提出された最新の量を意味する」とし、各国のデータ年のバラつきを許容することとした。

 

発効要件については、国数と併せ、温室効果ガスカバレッジも要件とする案がブラケットの形で残っていたが、直近の議⻑案では、55ヶ国が批准、受託、承認、加⼊すれば発効するという案になっていた。これは、温室効果ガス排出量は少ないが、国数だけは多いアフリカ諸国や低開発国が批准すればすぐに発効することを意味し、世界全体の温室効果ガス排出削減という⽬的に照らせば実効性に⼤きな疑問符がつく。このため、丸川環境⼤⾂は全体会合で温室効果ガス排出量のカバレッジも発効要件に加えるべきと主張し、最終案においてそれが取り⼊れられたわけである。

 

ただし、発効要件の55%は全ての主要排出国の参加を確保するものとは⾔えない。世界第1位、第2位の排出国である中国、⽶国が両⽅参加しなければ発効しないものとするためには温室効果ガスカバレッジ要件を80%程度まで引き上げねばならないからだ。⽶中の温室効果ガスカバレッジは合計で4割弱であるため、55%という要件では⽶国、中国のいずれか⼀⽅、更には両⽅が参加しなくても計算上は発効可能ということになる。京都議定書の発効要件55%も⽶国が批准しなくても発効するような設計となっていたことを想起させる。

なお、パリ協定の発効時期については、ダーバンプラットフォーム上、「in order to adopt this protocol, another legal instrument or an agreed outcome with legal force at the COP21 and for it to come into effect and be implemented from 2020」とあり、2020 年からの発効が想定されているが、パリ協定上、上記の発効要件を満たせば、2020年以前の発効も可能と思われる。ただしパリ協定の根幹となる透明性フレームワークの実施細則が2018年のCOP24で検討されることを考慮すれば、実際に協定が動き出すのはその後と考えることが⾃然であろう。

 

(10)その他

今回の交渉では京都議定書第2約束期間が焦点となったCOP16のように⽇本が突出する局⾯はなかったが、⼀部マスコミでは⽇本による⾼効率⽯炭⽕⼒発電技術の輸出が問題視されるのではないかとの報道もあった。10⽇夜に出された議⻑テキストのCOP決定パラ62には「締約国に対し、⾼排出投資への国際⽀援を減少させるよう求める(Urges Parties to reduce international support for high-emission investments)」との⽂⾔が含まれていたのも事実である。しかしCOP21に先⽴つOECD輸出信⽤会合において、⾼効率⽯炭⽕⼒技術の輸出については引き続き⽀援対象とすることが合意されており、そもそも上記の⽂⾔は⾼効率⽯炭⽕⼒を想定したものではない。環境NGOの中には本パラグラフを「⽇本へのメッセージだ」と説明した団体もあったというが、全くの⾒当違いである。しかも最終的に合意されたCOP決定では本パラグラフ⾃体が削除された。おそらく経済発展のために⽯炭⽕⼒技術を今後とも必要とするインド等の途上国の強い反対があったものと思われる。COP21期間中にインド産業連盟と意⾒交換をする機会があったが、彼らは「インドの経済発展にとって⽯炭は不可⽋であり、インドの経済発展は後に続く途上国にとっても重要。⽯炭を使うなと⾔うのではなく、⽯炭を効率的に使えと⾔うべきだ」と明⾔していた。エネルギーや経済の実態を無視した環境原理主義的な議論に辟易していた筆者にとっては胸にストンと落ちる議論であった。

4. パリ協定をどう評価するか

以上のパリ協定をどう評価するか。激しい交渉の結果、成⽴した合意であり、様々な⽴場から様々な評価が可能であろうが、ポスト2013年交渉に関与してきた⽴場から、私⾒を述べてみたい。

 

(1)全ての国が参加する枠組みの成⽴

何よりもまず、⼀部の先進国のみが義務を負う京都議定書に代わり、全ての国が温室効果ガス排出削減、抑制に取り組む枠組みが出来上がったことは歴史的意義があるということを特筆⼤書したい。これは京都議定書以降の国際交渉において⽇本が⼀貫して主張してきた⽅向性であった。京都議定書第1約束期間後のポスト2013年枠組交渉においては京都議定書第2約束期間が検討途上にあったこともあり、全ての国が参加する法的枠組みは実現せず、COP決定であるカンクン合意にとどまった。パリ協定はカンクン合意を発展させ、法的枠組みとしたものであり、⽇本が⻑く追及してきた⽬的がようやく実現したことになる。コペンハーゲン、カンクンの交渉を経験した筆者として深い感慨を覚える。

 

(2)ボトムアップ型のプレッジ&レビュー

パリ協定の中核をなすのは、先進国、途上国が約束草案を持ち寄り、その進捗状況を報告し、専⾨家によるレビューを受けるというボトムアップのプレッジ&レビューの枠組みである。この⼀連の⼿続が法的拘束⼒の対象となっている⼀⽅、⽬標値の達成⾃体は法的義務とはなっていない。⽬標達成が法的義務になっていないことをもって、パリ協定の実効性に疑問を呈する論者もいるだろう。しかし、⽶国、新興国の参加を得るためにはこの⽅式が唯⼀の解であることは⾃明であった。⽬標達成を法的義務化すれば、制度そのものは堅牢なものとなっても、⽶国や新興国の参加の得られない実効性の乏しいものになってしまう。また⽬標値を法的義務にすれば、各国は未達成時の遵守規定の適⽤を避けるため、必然的に「堅めの」⽬標を登録することになるであろう。かつて英Economist誌は「strong weak agreement is better than weak strong agreement」と述べた。堅牢だが参加国が限られ、実効性の弱い合意よりも、枠組み⾃体は柔軟でも全ての国が参加し、実効性の⾼い合意の⽅が良いとの意味である。京都議定書型の枠組みとプレッジ&レビューの枠組みの関係はまさにそれに⼀致する。⽇本は既に気候変動枠組条約交渉時からプレッジ&レビューの枠組みを提唱してきた。しかしその後の国際交渉の流れは先進国のみに⽬標達成を義務付けるトップダウン型の京都議定書に向かった。パリ協定は、堅牢だが主要排出国の参加を⽋き、温室効果ガス削減にほとんど効果がなかった京都議定書の反省の上に⽣まれたものであり、「思えば⻑い回り道をしてきた」との感を禁じ得ない。

 

(3)全体としてはやや途上国寄り

このようにパリ協定は温暖化交渉の歴史上、⼤きな意義を有しているが、先進国のみが義務を負う京都議定書体制から途上国を含む全員参加型の体制に移⾏するためには、いろいろな代償を払わねばならなかったのも事実である。資⾦についての規定は⾦額こそ条約本⽂に書き込まれなかったものの、多くの⾯で途上国の主張を受け⼊れるものとなった。また資⾦とのパッケージディールとなった透明性の規定についても、先進国と途上国を⼿続上切り分けず、「⼀つの強化された透明性フレームワーク(an enhanced transparency framework)」に参加する形としつつも、個々の条⽂の中では途上国配慮が随所に盛り込まれることとなった。また透明性フレームワークの対象には緩和のみならず途上国⽀援も含まれ、5年に1度のグローバルストックテークの対象にも途上国⽀援が盛り込まれている。すなわち、今後のレビューやストックテークの度に先進国は途上国から請求書を突き付けられることになる。途上国は「⾃らの緩和⾏動が予定通り進まないのは先進国からの⽀援が⾜りないからだ」という主張を展開することになろう。パリ協定において緩和努⼒の主体が先進国から全ての国に広がったことは⼤きな成果である⼀⽅、途上国もその代償を確保し、全体をバランスして⾒ればやや途上国寄りの決着であったと⾔える。12⽉15 ⽇付のインドHindu紙が「インドは先進国と途上国の差異化を守るのに⼤きな役割を果たした。差異化は合意の各所に埋め込まれている」と評価しているのはその証左であろう。逆に⾔えば、これくらいの代償を払わなければパリ協定に合意することはできなかったということでもある。途上国は是が⾮でも合意を得たい議⻑国フランスや、オバマ⼤統領のレガシーを残したい⽶国の弱みを利⽤したとも⾔える。

 

(4)⾮現実的な温度⽬標は将来の⽕種に

世界の環境NGOや島嶼国は1.5℃安定化が努⼒⽬標として温度⽬標に書き込まれたこと、このため今世紀後半に温室効果ガス排出量と吸収量のバランスを図ることが緩和の⻑期⽬標に盛り込まれたことをパリ協定最⼤の成果として喧伝している。筆者はこの点がパリ協定最⼤の問題点であると考える。

 

そもそも2℃⽬標の実現可能性は極めて低いものであった。IPCC第5次評価報告書においては、2℃⽬標に相当するとされる450ppmシナリオを達成するためには2100年まで温室効果ガスを100%近く削減することが必要と分析されている。このためには発電部⾨においてバイオマスCCSを⼤量導⼊することにより現在の発電部⾨の排出量をそのままマイナスにしたような規模のマイナス排出にするという、およそ実現性に疑問符のつくビジョンが提⽰されている。近年のIEAの世界エネルギー展望(World Energy Outlook)は 450ppmシナリオを毎回提⽰しているが、途上国を中⼼とする⾜元の温室効果ガス拡⼤により、450ppmシナリオの実現可能性は年々低下しており、それを実現するためには、およそ現実味に乏しいエネルギーミックス、投資規模を描かざるを得ない状況であった。2℃⽬標ですらこの有様であるから、1.5℃あるいは350ppmシナリオとなれば「推して知るべし」であろう。

 

温暖化防⽌のために志を⾼く持つことは良い。しかし実現可能性を顧慮せず、ひたすら野⼼的な⽬標にこだわるのはこのプロセスの通弊である。⼀般に政治家は⻑期の温度⽬標を安易に設定する傾向が強いように思われる。しかし既存の温度⽬標の実現可能性が厳しい中で更に厳しい温度⽬標を設定するというのは、戦時中、「精神⼒でB29を撃墜する」といった陸軍のマインドセットにも似た精神論であり、結局のところ枠組み⾃体のクレディビリティを下げるだけではないか。

 

温度⽬標が⼤きな⽅向性を⽰す努⼒⽬標というならばまだわかる。しかしパリ協定では5年ごとのグローバルストックテークというメカニズムを通じて1.5℃〜2℃⽬標や今世紀後半の排出・吸収バランス⽬標と、各国の緩和努⼒、緩和⽬標の合計とが⽐較され、それが各国のNDCにフィードバックされるとの設計がなされている。トップダウンの⽬標をボトムアップのレビュープロセスと融合させようという試みとも⾔える。これは枠組みとしては⾸尾⼀貫している。問題はトップダウンの⽬標とボトムアップの積み上げは永遠に交わらないだろうということだ。本年10⽉末、条約事務局は各国の約束草案の合計値と2℃⽬標に必要な排出削減パスを⽐較して2030年時点で150億トンものギャップがあるという分析を提⽰した。2018年にはCOP決定パラ21に基づきIPCCが1.5℃達成に必要な排出削減パスの特別レポートを提⽰するが、ギャップの幅は150億トンを⼤幅に上回ることは確実だ。もとより、2℃、1.5℃⽬標を排出削減パスに「翻訳」するに当たって、気候感度(産業⾰命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合の温度上昇幅)の不確実性があることを忘れてはならない。この点についてはIPCCでも意⾒が収斂しておらず、1.5℃〜4.5℃まで幅がある。IPCCにおける更なる科学的知⾒の蓄積を促進すると共に、ギャップ論に対しては気候感度の不確実性を指摘する必要があろう。

 

それでは各国はその膨⼤なギャップを埋めるために皆で負担を分担して約束草案を引き上げるだろうか?筆者の答えは「ノー」である。野⼼のレベルが徐々に引き上げられたとしてもその合計値が1.5℃⽬標はおろか2℃⽬標にも達するとは思えない。150億トンというギャップは2010年時点の中国全体の排出量の1.5倍に相当するとんでもない量なのだ。そもそも各国の政策は温暖化対策だけで動いているわけではない。各国はその時々の経済情勢、雇⽤情勢、エネルギー情勢等を総合勘案して約束草案を策定している。その実施状況をレビューするが、約束達成そのものは法的義務とはしない。だからこそボトムアップのプレッジ&レビューは現実的な枠組みとして全ての国の参加を得ることができたのである。

「1.5℃や2℃⽬標を達成するためには各国の⽬標を○割上乗せすることが必要」と条約事務局に強要されるようでは、ボトムアップのプレッジ&レビューの意味をなさなくなる。2℃⽬標の時もギガトンギャップ論は存在したが、こうしたトップダウンの負担分担論が何の結論にもつながらなかったことはこれまでの交渉経緯からも明らかである。

 

要するにパリ協定では⾮現実的なトップダウンの温度⽬標と、現実的なボトムアップのプレッジ&レビュープロセスが併存した枠組みなのである。両者の間には埋めがたいギャップが存在し続け、各国の約束レベルの引き上げでそのギャップを埋められると考えるのは幻想であろう。それではどうすればよいのか。答えはイノベーションしか有り得ない。上述のようにパリ協定の中でイノベーションの重要性が明記されたことは⼤きな成果だ。他⽅、イノベーションは国連交渉の場からは決して⽣まれてこないことも肝に銘ずるべきだ。イノベーション⼒を有する国の官⺠の努⼒および有志国による国際連携によって初めて可能となる。ゆめゆめ職業交渉官による官僚的な「国連イノベーションメカニズム」の創設等にリソースを費やすべきではない。

 

国連プロセスが⾮現実的な温度⽬標を設定したことは、逆説的ではあるが国連プロセスでは温暖化問題は解決できないということを明らかにする結果に終わるであろう。

 

(5)⽶国の動向を注視すべき

既述のとおり、COP21では⽶国の積極姿勢が⽬⽴ったが、それがそのまま⽶国の参加リスクにつながっていることも忘れてはならない。COP21中のサイドイベントで⽶国商⼯会議所21世紀エネルギー研究所のスティーブン・ユール副所⻑より「⽶国の約束草案策定に当たって産業界は全く相談を受けていない。2005年⽐26-28%という⽶国の⽬標のうち4割については根拠不明なものだ」とコメントしていた。もともとオバマ⼤統領の温暖化対策に批判的であった議会共和党はパリ協定にも極めて批判的であり、マッコネル共和党上院院内総務は「いかなる気候変動国際協定も議会の承認なしには通さない」と述べている。もとよりオバマ政権はこうした議会の姿勢を⼗分承知の上で議会の承認を要さないぎりぎりのラインで合意をまとめているので、2016年中の早い段階で⾏政協定としてパリ協定を承認することになるだろう。問題はオバマ政権がレガシーを賭けて種々の妥協の末に取り付けた合意が、国内で⽀持されるのかどうかだ。オバマ政権の温暖化対策の⽬⽟とも⾔うべきクリーンパワープランについても多くの訴訟が提起されている。更に来年に誕⽣する⽶国新政権がパリ協定及びパリ協定に向けて⽶国が提出した⽬標をきちんと実施するのかも⾒極めねばならない。

 

5. ⽇本の対応

最後に⽇本の取るべき対応について何点か述べたい。

 

(1)建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を

パリ協定の中核となるプレッジ&レビューは⽇本が経団連⾃主⾏動計画や低炭素社会実⾏計画を通じて経験を蓄積してきたプロセスである。パリ協定に基づくプレッジ&レビューはこれから詳細を詰めることとなるが、それを⽣かすも殺すも協定第13条第11項に規定される促進的な多国間の検討が協⼒的、建設的な雰囲気の下で⾏われるか否かにかかっている。お互いのアラ探しや⾮難の応酬になってしまったのでは「仏作って魂⼊れず」になる。筆者が経験したOECDやIEAのピアレビュープロセスは被審査国の政策に対する照会やコメントはあっても決して指弾的なものではなかった。⽇本が経験してきたPDCAサイクルも同様である。⽇本は今後のガイドライン策定やプレッジ&レビューの実施の際に協⼒的、促進的なプロセスの実現に向けて最⼤限の貢献をするべきである。

 

(2)技術開発でイニシアティブを

パリ協定にはトップダウンの⽬標とボトムアップのプロセスの不整合が内包されており、そのギャップを埋めるのは国連プロセスではなくイノベーションしかないという点は既に述べた通りである。そしてこれこそ⽇本が世界に貢献すべき分野である。今回、安倍総理はCOP21冒頭にエネルギー・環境イノベーション戦略の策定を表明した。⽶仏を中⼼に、5年間でクリーンエネルギーのR&D予算倍増を⽬指す有志国政府と、同分野への投資を拡⼤する⺠間投資家有志による「ミッション・イノベーション」も⽴ち上がる等、温暖化問題解決におけるイノベーションの重要性がクローズアップされたことは今回のCOP21の特⾊でもあった。⽇本が議⻑を務める来年のG7伊勢志摩サミットはCOP21後、最初のサミットでもある。⾮効率的な国連プロセスにとらわれず、⾰新的技術開発の促進に向けた国内政策環境の整備、国際連携の在り⽅について議論をリードしてほしい。このテーマは1回のサミットのコミュニケで終わる話ではない。サミットで打ち出される⽅向性を、⽇本が毎年主催するICEFで発展させ、フォローアップしていくべきだろう。

 

また国内のイノベーション環境整備にも取り組むべきだ。⽇本が強みとする技術を更に伸ばすことも重要だが、温暖化防⽌のためには特定技術をpick and choose して⽀援するだけではなく、現在、想定されていないようなイノベーションを可能にするような技術⾮特定的な⽀援措置も必要になるのではないか。何よりもリスクの⾼い⻑期のイノベーションを可能にするのは良好なマクロ経済環境、企業経営環境である。景気が後退し、企業収益が厳しくなれば企業のR&D投資は必然的に既存技術の改良といったタイムスパンの短いものに集中する。短期的な温室効果ガスの削減にこだわるあまり、管理経済的、成⻑制約的な施策を導⼊することは、結局、⻑期の温暖化防⽌に必要なイノベーションを阻害するということを忘れてはならない。

 

パリ協定第4条第19条には⻑期低排出発展戦略の策定に努めると規定されている。⽇本は第4次環境基本計画の中で2050年までに温室効果ガスの80%削減を⽬指すという⽬標を盛り込んでいるが、2℃〜1.5℃を根拠にこの数値をもっと引き上げるべきだという議論が必ず出てくるだろう。しかし、それでは達成の⾒込みも無く1.5℃⽬標を書き加えたのと同じである。⽇本が策定すべき⻑期戦略の中核は空虚な理念先⾏型の⽬標数値ではなく、⾰新的技術開発戦略であるべきだ。

 

(3)約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め

今回、1.5℃⽬標が追記されたことを踏まえ、早速、「⽇本も中期⽬標を⾒直すべき」という議論が環境関係者から提起されている。彼らの議論に共通するのは「野⼼的な⽬標を掲げれば現実はそれについてくる」という素朴なまでの思い込みである。しかしこれは2℃⽬標ですら実現が危ぶまれているのに1.5℃⽬標を追加するマインドセットと全く同じである。

 

筆者は2013年⽐で2030年26%削減という⽬標が、省エネ、原⼦⼒、再⽣可能エネルギーいずれの⾯でも⾮常にハードルの⾼い⽬標であることを様々な場で指摘してきた。新たな⽬標を検討する前に、まずやらねばならないことは、現在の⽬標を着実に実現することである。そしてそのカギとなるのは安全性の確認された原発を着実に再稼働し、可能な場合、運転期間を延⻑することだ。エネルギー⾃給率を震災前の⽔準に戻し、電⼒コストを現在のレベルよりも引き下げるという要請を満たすためには、再⽣可能エネルギーの拡⼤に伴う負担増を、原発再稼働等による化⽯燃料輸⼊コストの節約分で吸収していくしかない。電⼒⾃由化に伴い⽯炭⽕⼒発電所新設計画が増⼤していることが問題視されているが、この問題の根源は安価なベースロード電源である原発再稼働の⾒通しの不透明性にある。換⾔すれば、⽯炭⽕⼒の増⼤を最⼩限にとどめるために最も有効な⽅法は原発の着実な再稼働である。

 

世論調査では原発再稼働に否定的な意⾒が多く、再稼働実現には並々ならぬ政治キャピタルを要する。しかし⽇本が真剣に26%⽬標を達成するつもりなのであれば、これを避けては通れない。パリ協定が合意され、各国が約束草案の実現に乗り出す以上、政府は「原発再稼働が⽇本の⽬標達成のために不可⽋である」という疑いのない事実を⾟抱強く地元住⺠に説明し、理解を得る努⼒をしなければならないだろう。更には電⼒⾃由化の下で既存原発のリプレースを可能にするような政策環境の整備についても検討を早急に開始すべきだ。

 

我が国の環境関係者の中には野⼼的な⽬標を主張しつつ、原発の再稼働にも反対、⽯炭⽕⼒にも反対という論者が余りにも多い。彼らの提⽰する処⽅箋は判で押したように再⽣可能エネルギーの更なる拡⼤であるが、それに伴う電⼒コスト増やマクロ経済への影響をどうするつもりなのか、説得⼒ある説明は皆無である。彼らの処⽅箋に従えば間違いなく電⼒コストは⼤幅に上昇し、マクロ経済環境、企業収益の悪化を招き、⻑期的なイノベーション環境が損なわれる。何よりそのような政策は政治的・経済的に持続可能ではない。より野⼼的な⽬標を主張するのであれば、何よりもまず、⾜元の⽬標を達成する環境を整えるべきであり、そのためには好むと好まざるとにかかわらず原発の再稼働が必要であるという「不都合な真実」に向き合うべきだ。

 

6. 結語

以上、私⾒を交えつつ、パリ合意の概要、評価について紹介した。協定について不満があるのは事実だが、それでは「より良い合意が可能だったのか」と聞かれれば、「パリ合意は現時点で可能な最良の合意」と⾔わざるを得ない。利害の異なる190か国超の先進国、途上国が参加する国際交渉で合意を得るためには、妥協はやむを得ない。京都議定書からパリ協定への移⾏に伴い、途上国に多くの妥協をしなければならなかったのは事実だ。しかし、それでも全ての国が緩和努⼒に参加する枠組みができたことの歴史的意義はいくら強調しても⾜りないくらいである。交渉初⽇から辺鄙なブージェ空港近くの会議場で深夜に及ぶ交渉に従事してきた現役交渉官の皆さんに対し、⼼から「よく頑張った。ご苦労様」と⾔いたい。

 

同時にパリ協定は新たな国際枠組みの始まりでしかない。その実施細則は今後の交渉にゆだねられており、パリ協定が真に実効的な枠組みになるかどうかはそこにかかっている。筆者は負け戦であった京都議定書の実施細則の交渉に参加したため、「負けを⼤負けにしないための交渉」に奔⾛しなければならなかった。パリ協定はそれに⽐べればはるかにバランスのとれた枠組みになるポテンシャルを秘めている。それを可能にするのは今後の実施細則交渉である。現役交渉官の皆さんは次なる戦いに向けて刃を研いでほしい。

 

またパリ協定の根幹はNDCの達成に向けた努⼒であり、今後、国内対策の在り⽅が活発な議論の対象となろう。くれぐれも「1.5℃⽬標に対応した野⼼レベルの引き上げ」といった空虚な精神論に時間を費やすのではなく、⼤幅な排出削減を可能とするような技術開発環境の整備に努⼒を傾注してほしい。

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