雇用調整助成金の効果と課題
– 新型コロナウイルス感染症特例措置をめぐって –

Trend Watch No.70

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ABSTRACT

1. 新型コロナウイルス感染症の拡⼤は、企業規模を問わず、幅広い産業や業種に深刻な影響を及ぼしている。このような中で、政府は企業の事業継続と雇⽤維持の⽀援に注⼒している。失業を防⽌する雇⽤維持対策として雇⽤調整助成⾦がある。政府においては、昨年2⽉14⽇、雇⽤調整助成⾦の「新型コロナウイルス感染症特例措置」を創設して対応を⾏っている。

2. 雇⽤調整助成⾦について、2021年1⽉15⽇時点で、申請件数は累計で 36万件、⽀給決定額は累計で2兆6,042億円となっており、幅広い企業や事業主が助成⾦を活⽤している。リーマンショック時の助成⾦⽀給額実績の年度ピークは2009年度で6,535億円だったのに⽐べて、今回のコロナ禍では著しく急増していることがわかる。完全失業率について、2020年4⽉以降で最⾼3.1%(10⽉)、直近の11⽉は2.9%と、リーマンショック後の最悪の数値(2009年7⽉5.5%)に⽐べて低い⽔準にとどまっている。コロナ禍の中で2020年4〜6⽉期に実質GDPが年率約3割減という落ち込みがあったことを考えると、雇⽤調整助成⾦が未曾有の経済危機の中での失業防⽌という点で⼤きな効果を発揮していると評価できよう。

3. コロナ禍の中では雇⽤調整助成⾦の活⽤が急拡⼤し、特例措置の適⽤期間も1年にわたることとなり、雇⽤調整助成⾦の財源プールとなっている雇⽤安定資⾦の涸渇化が懸念されるようになっている。雇⽤調整助成⾦は、事業主の利益だから財源は事業主負担という本則があるが、危機対応の観点から⾒直すべきではないか。そもそも、今般の感染症拡⼤による経済危機は、事業主連帯の考え⽅での保険料で雇⽤調整助成⾦の財源を賄うに⾜る域を超える異常事態であり、失業の著しい急増を避けることは経済や社会にとって⼤きな利益ともなる。⾃然災害やパンデミックなどによる国難とも⾔うべき重⼤な経済危機に際しては、雇⽤調整助成⾦へ⼀般財源を投⼊できることを本則にすべきと考える。

4. 欧⽶各国は、危機的な新型コロナウイルス感染症の急拡⼤に直⾯して、雇⽤維持政策の実施を相次いで延⻑しているが、出⼝を模索する動きもある。⽇本においても雇⽤維持政策の出⼝の模索は悩ましい課題であるが、危機がある以上は雇⽤調整助成⾦の特例措置を延⻑しつつも、コロナ禍の中でも様々な創意⼯夫や対策によって事業の継続・再開・転換を図る企業に対する重点的な助成に軸⾜を移していくべきであろう。労働者を休業させて雇⽤維持を図るだけの企業に対しては、雇⽤情勢をみながら、段階的に特例の縮減を進めていくべきであろう。また、成⻑分野への労働移動促進のための⽀援、職業能⼒開発への⽀援は、思い切った強化を図るべきと考える。

DETAIL

1.コロナ禍で効果があった雇⽤調整助成⾦

新型コロナウイルス感染症の拡⼤は、企業規模を問わず、幅広い産業や業種に深刻な影響を及ぼしている。このような中で、昨年2⽉以降、政府は、企業の事業継続と雇⽤維持の⽀援に注⼒している。失業を防⽌する雇⽤維持対策として、雇⽤調整助成⾦がある。政府においては、昨年2⽉14⽇、雇⽤調整助成⾦の「新型コロナウイルス感染症特例措置」を創設して対応を⾏っている。

 

(1)雇⽤調整助成⾦の制度と特例措置

雇⽤調整助成⾦は、景気の変動や産業構造の変化、その他の経済上の理由により事業活動の縮⼩を余儀なくされた事業主が、休業等により労働者の雇⽤の維持を図った場合に、それに要した休業⼿当等の費⽤を助成する制度である。雇⽤保険⼆事業として、事業主の利益になるという考えから全額が事業主負担(保険料で負担)で賄われており、国庫負担はない。

雇⽤調整助成⾦を包括する雇⽤保険制度は、労働者の⽣活安定と失業の防⽌、能⼒開発という⽬的があり、図表1に制度体系を⽰すとおり、失業等給付、雇⽤保険⼆事業、就職⽀援法事業で構成される。事業主が主体で⾏う雇⽤安定と能⼒開発の雇⽤保険⼆事業の中に雇⽤調整助成⾦がある。雇⽤を維持する事業主への助成⾦という形をとり、結果として労働者の失業予防となる。

 

 

雇⽤調整助成⾦の「新型コロナウイルス感染症特例措置」では、図表2に⽰すとおり、助成上限額の引上げ、助成率最⼤10割、対象労働者の拡⼤など、リーマンショック時を超える異例の措置が実施されている。特例措置の適⽤期限は、これまで⼆度にわたり延⻑され、現在は2021年2⽉末までとなっている。

 

 

(2)雇⽤調整助成⾦の効果

雇⽤調整助成⾦については、図表3に⽰すとおり、2021年1⽉15⽇時点で、申請件数は累計で236万件、⽀給決定額は累計で2兆6,042億円となっており、幅広い企業や事業主が助成⾦を活⽤している。リーマンショック時の雇⽤調整助成⾦⽀給額実績の年度ピークは2009年度で6,53 億円だったのに⽐べて、今回のコロナ禍では著しく急増していることがわかる。

 

 

今年3⽉以降の雇⽤状況の推移を図表4に⽰す。4⽉の緊急事態宣⾔の発出の時には、休業者が前⽉より348万⼈増えて597万⼈まで上昇した。休業者数はその後減少していっており、8⽉以降は概ね平年の⽔準に近づいている。⼀⽅、4⽉には求職活動をあきらめて⾮労働⼒化した⼈々が、前⽉より94万⼈増えて4,274万⼈となったが、翌⽉以降は労働⼒市場に戻る動きがみられる。

失業者の増加はあるものの⼤きくはなく、5⽉の緊急事態宣⾔解除とその後の経済活動の回復の動きもあって、失業者の増加を上回って就業者が増加していることから、完全失業率については、最⾼で3.1%(10⽉)、直近の11⽉は2.9%という低い⽔準にある。コロナ禍の中で2020年4〜6⽉期に実質GDPが年率約3割減という落ち込みがあったにもかかわらず、完全失業率がリーマンショック後の最悪の数値(2009年7⽉5.5%)に⽐べて低い⽔準にとどまっていることは、新型コロナウイルス感染症による未曾有の経済危機の中で急激な休業者の増加があっても解雇・失業が抑えられてきたという点で、雇⽤調整助成⾦が⼤きな効果を発揮していると評価できよう。

今般の雇⽤調整助成⾦の特例措置の効果については、リーマンショック後の時と同じく、今後、精緻な実証分析により計測と検証が必要となろう。

 

 

2.コロナ禍での対応を踏まえた雇⽤調整助成⾦の課題

(1)重⼤な経済危機時における雇⽤調整助成⾦への⼀般財源の投⼊

雇⽤保険⼆事業、特に雇⽤調整助成⾦は不況期に多額の⽀出がある⼀⽅で、景気好調時には⽀出が減るという特性がある。財源となる事業主負担の雇⽤保険料は毎年度⼀定の料率(現⾏0.30%)によって徴収されるので、景気好調な時に剰余を雇⽤安定資⾦として積み⽴てておいて、不況期に多く⽀出できる仕組みとなっている。保険料は事業主が連帯して対応するという考え⽅に⽴っている。

こうした仕組みが⽤意されていたものの、コロナ禍の中では雇⽤調整助成⾦の活⽤が急拡⼤し、特例措置の適⽤期間も1年にわたることとなり、図表5に⽰すとおり、雇⽤安定資⾦の涸渇化が懸念されるようになっている。雇⽤安定資⾦の財源不⾜のため、雇⽤保険臨時特例法により、失業等給付の積⽴⾦から借⼊を⾏うとともに、雇⽤調整助成⾦と新型コロナ対応休業⽀援⾦に要する経費のうち中⼩企業分の上限8,370円を超える部分には⼀般財源が投⼊されることとなった。

 

 

⼀般財源がすでに投⼊されている失業等給付の積⽴⾦からの借⼊、臨時特例法による⼀般財源の投⼊となると、雇⽤調整助成⾦は事業主の利益だから財源は事業主負担という本則を⾒直してもよいのではないか。雇⽤安定資⾦の財源として、⽬的が異なる失業等の給付の積⽴⾦を取り崩すのではなく、⼀般財源を投⼊することが本来あるべきことと考える。

そもそも、今般の感染症拡⼤による経済危機は、事業主連帯の考え⽅での保険料で雇⽤調整助成⾦の財源を賄うに⾜る域を超える異常事態であり、失業の著しい急増を避けることは経済や社会にとって⼤きな利益ともなる。⾃然災害やパンデミックなどによる国難とも⾔うべき重⼤な経済危機に際しては、雇⽤調整助成⾦へ⼀般財源を投⼊できることを本則にすべきと考える。

 

(2)雇⽤調整助成⾦による雇⽤維持政策の出⼝戦略

新型コロナウイルス感染症対応では、欧⽶主要国においても、図表6に⽰すとおり、コロナ禍での雇⽤維持政策に取り組んでいる。

アメリカは、もともとある州レベルの操業短縮補償(Short-Time Compensation, STC)の拡充に加え、連邦レベルの中⼩企業での雇⽤維持を⽬的とした給与保護プログラム(Paycheck Protect Program, PPP)を新たに導⼊した。イギリスは、これまで雇⽤維持の制度は存在しなかったが、政府は新たにコロナウイルス雇⽤維持スキーム(Coronavirus Job Retention Scheme)を導⼊した。

ドイツとフランスは、コロナ禍の以前にすでに雇⽤維持政策が制度化されており、それを拡充・緩和して対応を⾏っている。 ドイツは操業短縮⼿当(Kurzarbeitergeld, KuG)、フランスは部分的失業(Activité partielle – chômage partiel)であり、ドイツの制度は⽇本の雇⽤調整助成⾦のモデルとなっている。ドイツの制度は、もともと熟練労働者の技能を維持するという⽬的がある。

 

 

これら欧⽶4か国とも、危機的な新型コロナウイルス感染症の急拡⼤に直⾯して、雇⽤維持政策の実施を相次いで延⻑している。もちろん、失業防⽌のためのいわばカンフル剤の注⼊とも⾔える雇⽤維持政策について、出⼝を模索する動きもある。英国がその例にあたる。英国のコロナウイルス雇⽤維持スキームでは、経済活動が再開し始めている状況を踏まえ、昨年11⽉から新たなスキームに移⾏して助成対象から休業者をはずし短時間就業者に限定するという予定であった。しかし、繰り返される感染急拡⼤に直⾯して現⾏スキームの延⻑を余儀なくされている。昨年12⽉17⽇、英国政府は、雇⽤維持スキームを賃⾦補助率80%で2021年4⽉まで延⻑すると発表した。

 

⽇本も含めた各国において、新型コロナウイルス感染症が遠からず収束を迎え、経済活動が早期に回復していけば、雇⽤維持政策の出⼝は⽐較的容易になるだろう。しかし、現時点では、新型コロナウイルス感染症対応に終わりは⾒えない。この先、経済活動の再開と引き締めを繰り返す可能性もある。経済活動の回復が遅れるほど、それに遅れて雇⽤情勢の悪化が顕在化する懸念がある。

経済成⻑と失業にはオークンの法則という経験則があることが知られている。図表7は⽇本における実質GDPと失業者数の推移を⽰しているが、リーマンショック時や今回のコロナ禍の推移をみれば、GDPの低下に2四半期ほど遅れて失業者が増え出すという関係性があることがみてとれる。

今年1⽉7⽇に⾸都圏の1都3県に緊急事態宣⾔が再び発出され、さらに1⽉13⽇には栃⽊県・⼤阪府・京都府・兵庫県・愛知県・岐⾩県・福岡県の7府県にも緊急事態宣⾔発出が⾏われたことから、消費等の経済活動の収縮によって、2021年1-3⽉の実質GDPがマイナス成⻑に陥る可能性がある。当⾯は雇⽤調整助成⾦の活⽤による雇⽤維持の継続を優先的に図らないといけないだろう。

 

 

⼀⽅、雇⽤調整助成⾦による雇⽤維持政策の継続については、副作⽤の問題がある。今後検証すべき課題となるが、例えば、コロナ禍の中でも様々な創意⼯夫や対策によって事業の継続・再開を図る企業には賃⾦負担が全額⾃⼰負担になるのに対し、休業を継続し従業員へ休業⼿当を⽀給し続ける企業には最⼤100%の助成がある。企業ごとに事情が違い、休業継続そのものが不適切とは⾔えないが、⾃⽴を図る企業努⼒を阻害するモラルハザードの問題がありうることは否定できないだろう。⽣産性が低く、本来なら市場から撤退が求められる不採算企業の延命にもなりうることもあろう。また、コロナ禍の中でも需要が拡⼤し成⻑している事業分野への労働移動を阻害しかねない問題もあろう。こうした雇⽤調整助成⾦の副作⽤として、コロナ禍後に、⽇本経済のただでさえ低い潜在成⻑率(内閣府による2019年度の推計は0.9%)をさらに押し下げないかが懸念される。

 

以上のとおり、欧⽶各国と同じく、⽇本においても雇⽤維持政策の出⼝の模索は悩ましい課題であるが、先に紹介した英国政府の考え⽅(脚注9)が参考になると思われる。

新型コロナウイルス感染症による危機がある以上は雇⽤調整助成⾦の特例措置を延⻑しつつも、コロナ禍の中でも様々な創意⼯夫や対策によって事業の継続・再開・転換を図る企業に対する重点的な助成に軸⾜を移していくべきであろう。労働者を休業させて雇⽤維持を図るだけの企業に対しては、雇⽤情勢をみながら、段階的に特例の縮減を進めていくべきであろう。また、成⻑分野への労働移動促進のための⽀援(労働移動⽀援助成⾦の拡充、受け⼊れ企業の教育訓練等への⽀援)、職業能⼒開発への⽀援(使いやすい教育訓練休暇制度への⾒直し、教育訓練給付⾦の拡充、デジタル化に対応した教育訓練の充実など)は、思い切った強化を図るべきと考える。

政府・関係者には、雇⽤調整助成⾦の特例措置を延⻑しつつも、出⼝戦略についての検討・議論も早急に進めていくことを期待したい。

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