DMOの観光誘客の取組とその効果(3)
-マーケティング・マネジメントエリアに着目した分析:奈良県の事例から-

Trend Watch No.82

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1.  宿泊施設数をみれば、県全体の宿泊施設数は増加傾向にある。うち、奈良市などを含むAエリアでは増加しているが、吉野町などが含まれるDエリアでは減少傾向で推移している。また、宿泊施設数をタイプ別にみれば、Aエリアでは旅館が減少する一方でホテルが増加傾向で推移している。また、Dエリアでは旅館、簡易宿所ともに減少している。

2.  宿泊施設の定員数をみれば、Aエリアではホテルの定員数の増加が全体の押し上げに寄与しているが、Dエリアでは旅館の減少が影響し、全体を押し下げている。旅館の平均稼働率をみれば、Aエリア31.1%に対し、Dエリア11.8%と極端な低水準にとどまっている。これまで宿泊施設不足が課題であったが、この問題は県北部では着実に解消されつつある。一方、県南部では低稼働率と宿泊施設の不足は解消されていない。

3.  外国人宿泊者比率は、WEST NARAエリアや吉野町では着実に上昇しているが、奈良市のシェアは圧倒的に高い。京都府の分析事例と同様に、集中している地域からいかに他地域への周遊を促進させるかが今後の課題となる。すなわち、県南部への宿泊を伴うプログラムの造成が重要となろう。

4.  このためにも、各DMOが行う誘客プロモーション及びコンテンツ開発は重要である。例えば、地域の自然資源を活用した体験プログラムの造成などの、県南部へ外国人観光客のみならず日本人観光客をも周遊させる魅力的な仕組みづくりが一層重要となろう。その際、外国人と日本人とに分けるだけでなく、外国人に対しては国・地域ごとの嗜好に合わせて各地域がもつ強みを訴求することが重要となろう。

DETAIL

はじめに

コロナ禍による緊急事態に対応するために、奈良県の観光戦略の改訂版である『奈良県観光総合戦略』の概要では、「日帰り観光客の比率が高く、1人あたり観光消費額が低いことから、経済活性化のためには、1人あたり観光消費額が高い、宿泊を伴う周遊・滞在型観光を促進することが必要。また、県内全域への周遊につなげるため、交通・道路体系のさらなる整備や、奈良県産食材を使ったおいしい食の提供などの要素も必要」とされている(表1、強調太字(ボールド)は筆者)。
上記の観光総合戦略から本稿では「日帰り観光客の比率」、「宿泊を伴う周遊・滞在型観光の促進」や「観光資源の磨き上げ」をキーワードに分析を行った。はじめに「日帰り観光客の比率」について、観光庁『旅行・観光消費動向調査』からこれまでに分析を行った京都府、和歌山県と奈良県における日帰り旅行者数及び宿泊旅行者数を比較しよう(図1)。図をみれば、京都府は日帰り旅行者、宿泊旅行者がいずれも多く、和歌山県は宿泊旅行者が日帰り旅行者を総じて上回っている。一方、奈良県は宿泊施設不足の影響もあり、日帰り旅行者が宿泊旅行者を常に上回っており、県の観光戦略においても指摘されている宿泊を伴う周遊・滞在が依然課題であるといえよう。次節では「宿泊を伴う周遊・滞在型観光の促進」に注目して県内の宿泊施設の状況から観光動態について分析を行う。

 

 

 

1. 奈良県の観光動態

本節では奈良県が公表している『奈良県宿泊統計調査』を基礎統計とし、県の観光動態を整理、分析する。前述した「宿泊を伴う周遊・滞在型観光の促進」の観点から、県が抱える宿泊施設不足の課題に注目し、県内の宿泊施設数、宿泊施設タイプや収容人数等の基礎データから、図2で示しているエリアごとの特徴を明らかにする。なお、エリア別の分析については後述するDMOのマネジメントエリアに関係する市町村(奈良市、斑鳩町、吉野町)を含むA及びDエリアに限定する。

本統計調査におけるエリア区分は以下の通りである。
A:奈良市、生駒市、天理市、大和郡山市、香芝市、平群町、三郷町、上牧町、王寺町、斑鳩町、安堵町、田原本町、広陵町、山添村
B:大和高田市、橿原市、葛城市、桜井市、御所市、明日香村
C:宇陀市、曽爾村、御杖村、東吉野村
D:吉野町、大淀町、下市町、黒滝村、天川村
E:五條市、野迫川村、十津川村
F:川上村、上北山村、下北山村

 

1-1. 『奈良県宿泊統計調査』からみた主要エリア別特徴

【宿泊施設数】
図3は県内の宿泊施設数の推移をエリア別に見たものである。施設総数は2011年の553件から16年には429件まで減少したが、好調なインバウンドの影響を受け17年以降増加傾向に転じ、足下20年は502件となった。ただ、11年の水準を依然下回っていることに注意が必要である。ちなみに、20年における京都府の宿泊施設総数は4,343件、和歌山県は922件といずれも奈良県を上回っており、他府県と比べて宿泊施設が比較的少なく、宿泊施設の不足感が確認できる。

 

エリア別にみれば、奈良市や斑鳩産業がマネジメントエリアとする斑鳩町を含むAエリアは2011年の205件から16年に158件まで減少するも、17年以降増加し、20年は218件となっている。
この背景には後述するように簡易宿所の増加が寄与していると考えられる。また、吉野ビジターズビューローがマネジメントエリアとする吉野町を含むDエリアをみれば、11年の121件から17年に95件まで減少し、18年以降は微増にとどまり11年の水準に戻っていない(20年99件)。

 

 

次に図4はエリア内の宿泊施設数をタイプ別にその推移をみたものである。各エリアの特徴は以下の通りである。

<Aエリア>
エリア内の宿泊施設数をタイプ別にみれば、旅館は2011年の117件から減少傾向で推移し、17年に底打ちし(63件)、足下20年には75件となっている。この間、旅館は42件の純減である。次にホテルをみれば、11~16年までは3件(33件→36件)の微増、17~20年にかけては15件の大幅増加(36件→51件)となった。この間、18件の純増である。簡易宿所をみれば、11年から14年にかけて減少傾向で推移するも、15年以降増加に転じ、インバウンド需要拡大の影響を受け20年には92件まで増加している。この間、37件の純増である。Aエリアでは、旅館数の減少をホテルと簡易宿所の増加が補っている。

<Dエリア>
エリア内の宿泊施設数をタイプ別にみれば、旅館は2011年の54件から減少傾向で推移し、足下20年には38件となっている。この間、16件の純減となっている。次に簡易宿所をみれば、11年の49件から14年にかけて減少傾向で推移し、15年以降幾分増加したものの、16年以降は再び減少に転じ、20年は42件となっている。この間、7件の純減である。Dエリアでは、宿泊施設はいずれも減少している。

 

 

【宿泊施設の定員数】
宿泊受け入れ能力を把握するのに重要なのは、宿泊施設数より定員数の増減である。ここでは各エリアにおける宿泊施設の定員数の推移をみる(図5)。
はじめにAエリアの定員数をみれば、2011年(1万4,324人)から減少傾向で推移し、15年(1万1,922人)には底にうち、以降増加傾向を示している。足下20年は1万5,125人と11年の定員数を800人程度上回っている。この背景には、ホテル数および定員数の増加が影響している。この間、旅館の定員数が3,000人弱の減少に対して、ホテルの定員数は3,700人程度増加した。一方、簡易宿所はほとんど変化がない(後掲参考図表参照3)。
次にDエリアをみれば、2011年(7,510人)から微減または横ばい傾向で推移しており、20年は4,350人まで減少している(19年は6,525人)。うち、旅館の定員数が年々減少(11年3,349人→20年2,442人)していることに加え、簡易宿所も低調(11年1,276人→20年835人)であり、20年はキャンプ場が大幅減少(19年2,884人→1,073人)している影響が大きい(後掲参考図表参照3)。

 

 

【宿泊施設の定員稼働率】
前掲の図5では各エリアの宿泊施設の定員数を確認したが、ここではAとDエリアにおける宿泊施設の定員稼働率6の推移を月次ベースでみてみよう。なお、宿泊施設の稼働率は両エリアで比較可能な旅館に注目している。また稼働率の季節性をみるためにも月次ベースで確認している。
図6が示すように、Aエリアでは主として5月、10月に上昇する一方で、Dエリアでは4月、8月に上昇する傾向(季節性)がみられる。
また、エリア別宿泊施設定員稼働率(後掲参考図表4)に基づく記述統計(後掲参考図表5)が示すように、2011年~19年間の平均旅館稼働率は A エリアでは 31.1%だが、Dエリアでは11.8%と低い。次に両エリアの稼働率の最大値と最小値をみれば、Aエリアでは54.5%、12.9%、最大値と最小値の幅は41.6%ポイントあるのに対し、Dエリアでは37.6%、1.8%、最大値と最小値の幅は35.8%ポイントである。Aエリアと比べてDエリアでは稼働率の最小値が2%程度と極端に低い時期がある。吉野町を含むDエリアでは、桜の開花時期や夏のレジャーシーズンに観光客が集中している一方で、閑散期である時期には観光客がほとんど訪問していないこともあり、季節の平準化が課題であると言えよう。

 

 

2. 奈良県主要 DMO のエリア別特徴と誘客効果分析

2-1. 奈良県内 DMO エリアの地理的分布

奈良県観光総合戦略では、「宿泊を伴う周遊・滞在型観光の促進」が重要視されているとともに、「観光資源の磨き上げ」についてはDMOの役割が重視されている。まず、奈良県に所在するDMOの分布状況を確認しよう。
図7及び表2が示すように、奈良県内には2つの地域 DMO(斑鳩産業と吉野ビジターズビューロー)と1つの地域連携 DMO(奈良県ビジターズビューロー)が存在している。
斑鳩産業は、民間会社を経営しつつも、DMOとしても活動しているという特徴を有している。斑鳩町をマネジメントエリアとしているが、2021年に近隣自治体である大和郡山市・平群町・三郷町・安堵町・王寺町と連携して「WEST NARA広域観光推進協議会」を設立し、観光誘客に取り組んでいる。
吉野ビジターズビューローは、吉野町をマネジメントエリアとし、町内の各観光協会、商工会、地元金融機関、農林漁業者等、幅広い分野の関係者と連携し観光誘客策を進めている。
また奈良県ビジターズビューローは、奈良市内に位置し、県全域をマネジメントエリアとしている。

 

 

 

2-2. 奈良県主要 DMO の設立と活動状況

次に前項で示したDMOの活動状況をみていこう。
表3は斑鳩産業の設立経緯と活動状況を示している。斑鳩産業は2014年1月に法人が設立され、19年1月に地域DMO(候補法人)として登録された。同年2月には観光拠点「奈良斑鳩ツーリズムWaikaru」を開設し、7月に一棟貸の宿である「いかるが日和」のオープンに取り組んだ。20年1月に改めて地域DMOとして登録され、前述のように 21 年には「WEST NARA広域観光推進協議会」を設立するなど精力的に観光振興に取り組んでいる。
情報発信としては、ホームページの多言語化やプロモーション動画作成などを行っている。受入環境の整備としては前述した「奈良斑鳩ツーリズム Waikaru」において英語対応が可能なスタッフの雇用やホームページを改良し予約システムの多言語化を行った。また、観光資源の磨き上げにおいては、体験コンテンツ造成、二次交通整備(周遊タクシー・バギー・レンタサイクル)等を行っている。

 

 

表4は吉野ビジターズビューローの活動状況を整理したものである。2013年2月に法人が設立、19年3月に地域DMO(候補法人)として登録され、21年11月に改めて地域DMOとして登録された。情報発信としてはECサイトの開設、自社商品ブランドの開発や行政と連携したプロモーション活動を行っている。受入環境の整備では、吉野山地内に無料のWi-Fiスポットを設置し、観光資源の磨き上げとしては旅行業(第2種)を取得し、多様なツアーの企画を行っている。なお、吉野町が16年に行った「吉野町観光マーケティング調査(平成28年度)」を基にDMOは後述するターゲット層を想定している。

 

 

表5は県域DMOである奈良県ビジターズビューローの活動状況を整理したものである。2009年に設立され、16年4月に地域連携DMO(候補法人)として登録され、18年3月に改めて地域連携DMOとして登録された。情報発信としては、外国人誘客のためのプロモーション活動を奈良県と連携して行っている。受入環境整備としては、橿原市の観光案内所である「かしはらナビプラザ」の運営を受託し、国内外の観光客へ情報発信を行っている。また、観光資源の磨き上げとして、外国人旅行者向けの体験プログラム、十津川村の地域資源を活かしたツアーや体験プログラムの造成等を行っている。

 

 

各DMOは誘客ターゲット層を国内客とインバウンド客に分けてそれぞれ設定しており、それらをまとめたのが表6である。
斑鳩産業は国内客について、首都圏の50~70代または3世代(親・子・孫)グループの宿泊客や、近畿・中部圏の日帰り客をターゲットとしている。また、インバウンド客については欧米豪をターゲットとしている。
吉野ビジターズビューローは国内客について、地域の歴史遺産や自然資源を活かし、個人旅行者(都市部在住の女性)、自然志向型の家族世帯や定年退職後の夫婦世帯などをターゲットとしている。また、インバウンド客については、日本文化に理解があり知的好奇心を持つ外国人やロングトレイルなどの山歩きで自然景観を楽しむ外国人をターゲットとしている。
奈良県ビジターズビューローは国内客について、奈良好きの個人旅行者や首都圏を中心とした富裕層の個人旅行者をターゲットとしている。また、インバウンドについては富裕層の欧米豪を中心とした個人旅行者をターゲットとしている。
以上をみれば、各DMOとも欧米豪を中心としたインバウンド客の誘客に取り組むとともに、国内旅行者をもターゲットとしている特徴がある。そこで次項では、各DMOに関係する市町村における日本人及び外国人宿泊者の動向を観光庁の『宿泊旅行統計調査』の個票データから確認する。

 

 

2-3. 『宿泊旅行統計調査』個票データからみた主要DMOのエリア別特徴

はじめに斑鳩産業が設立した「WEST NARA 広域観光推進協議会」の構成市町村のエリア(以下、
WEST NARA エリア)をみれば、全宿泊者数は2012年から14年にかけて増加傾向を示し、15年には一旦減少した。16年は増加したものの、以降は横ばいで推移し、19年は再び減少している。
また日本人宿泊者も同様の傾向がみられる。一方、外国人宿泊者比率をみれば、12年の1.5%から15年に4.8%まで上昇し、以降4%程度で推移している。
次に吉野ビジターズビューローがマネジメントエリアとする吉野町をみれば、全宿泊者数は2012年から14年にかけて減少傾向で推移するが、15年以降増加に転じたのち、16年は再び減少した。
その後、17年に一旦増加するも、以降は減少傾向が続いている。一方、外国人宿泊者比率をみれば、12年の0.7%から上昇傾向を示し、15年には6.0%まで上昇した。その後16年以降、低下傾向を示していたが、19年には8.8%まで上昇している。
最後に奈良市における宿泊者の動向を確認する。全宿泊者数をみれば、2012年以降、16年まで増加傾向で推移し、17年に一旦減少するも、18年以降再び増加に転じている。次に日本人宿泊者数をみれば、12年以降、微増ないし横ばい傾向で推移している一方で、外国人宿泊者比率は12年の3.6%から上昇傾向で推移し、19年に24.7%まで上昇している。このように日本人宿泊者が横ばいで推移している中、外国人宿泊者が全宿泊者数を押し上げている。

 

 

 

 

【国籍別外国人宿泊者のシェア】
図8では、全宿泊者数と日本人宿泊者数及び全宿泊者数に占める外国人宿泊者比率を地域別に見たが、ここでは外国人宿泊者に限定し、国籍別の特徴を見てみよう。

<WEST NARA エリア>
図9をみると、東アジアのシェア(青枠)が2012年から15年にかけて上昇したが(12年:50.7%→15年:70.7%)、16年以降低下傾向で推移している(16年:56.9%→19年:25.8%)。うち、台湾のシェアが大幅低下している(12年:39.2%→19年:7.1%)。
一方、欧米豪のシェア(赤枠)をみれば、2017年以降上昇しており(17年:23.3%→19年:54.8%)、うち、フランスのシェア(白抜き)が19年には全体の3割程度を占めている(17年:5.7%、18年:20.1%、19年:31.0%)。

 

<吉野町>
図10をみると、吉野町では東アジア地域のシェアが総じて高いものの、2015年以降シェアは低下傾向を示している(15年:56.7%→19年:39.4)。中でも、中国のシェアが高く、約2~4割程度を占めている(12年:40.8%→19年:29.2%)。
欧米豪のシェアをみれば、2012年から13年にかけてシェアが上昇し(12年:25.8%→13年:34.0%)、14年以降は2割程度のシェアで推移している(14年:28.9%→19年:23.9%)。うち、アメリカやフランスのシェアが一定程度占めている特徴がみられる。

 

<奈良市>
図11をみると、奈良市では2012年以降東アジアのシェアが年々上昇している(12年:30.1%→19年:65.4%)。うち、中国のシェアをみれば、爆買いの影響もあり14年(32.9%)から15年(49.8%)にかけて、16.8%ポイント上昇している。その後も上昇傾向が続き19年は56.0%と全体の5割強を占めている。
一方、欧米豪のシェアをみれば、2012年から16年にかけて低下し(12年:33.1%→16年:14.7%)、足下19年は17.5%と幾分上昇しているものの、東アジアと比べれば依然低い。

 

3. 分析の整理と含意

これまで基礎統計を用いて、1.では県内の宿泊施設数、定員数及び稼働率をみることによって、次に2.では各DMOが関係する市町村の延べ宿泊者数及び国籍別外国人宿泊者シェアの動態を分析することにより、奈良県の観光戦略が抱える課題に光をあてた。これらの分析を整理し、得られた含意は以下のようにまとめられる。

1. 宿泊施設数をみれば、県全体の宿泊施設数は増加傾向にある。うち、奈良市などを含むAエリアでは増加しているが、吉野町などが含まれるDエリアでは減少傾向で推移している。また、宿泊施設数をタイプ別にみれば、Aエリアでは旅館が減少する一方でホテルが増加傾向で推移している。また、Dエリアでは旅館、簡易宿所ともに減少している。

2. 宿泊施設の定員数をみれば、Aエリアではホテルの定員数の増加が全体の押し上げに寄与しているが、Dエリアでは旅館の減少が影響し、全体を押し下げている。旅館の平均稼働率をみれば、Aエリア31.1%に対し、Dエリア11.8%と極端な低水準にとどまっている。これまで宿泊施設不足が課題であったが、この問題は県北部では着実に解消されつつある。一方、県南部では低稼働率と宿泊施設の不足は解消されていない。

3. 宿泊者数や外国人宿泊者比率をみれば、WEST NARAエリアでは日本人宿泊者数は微増または横ばいで推移している一方、外国人宿泊者比率は 2012 年以降上昇し、4%程度で推移している。吉野町では、全宿泊者数が概ね減少傾向で推移している。一方、外国人宿泊者比率は12年から15年にかけて上昇し、足下19年は8.8%まで上昇している。奈良市では、日本人宿泊者数が微増または横ばいで推移している中、外国人宿泊者比率が12年以降上昇傾向で推移し、19年には約25%まで上昇している。

4. 国籍別外国人宿泊者のシェアをみれば、WEST NARAエリアでは、東アジアが一定程度占めているものの、足下は台湾を中心に低下傾向で推移している。一方、欧米豪が2017年以降上昇しており、うちフランスが19年に3割を占めている。吉野町では、東アジアが総じて高いが、15年以降低下している。欧米豪は14年以降、2割程度で推移しており、うちアメリカやフランスなどが一定程度を占めている。奈良市では、東アジアが圧倒的に高く、うち中国が5割強を占めている。一方、欧米豪は幾分上昇しているが、東アジアと比べれば低い。

5. 外国人宿泊者比率は、WEST NARAエリアや吉野町では着実に上昇しているが、奈良市のシェアは圧倒的である。京都府の分析事例と同様に、集中している地域からいかに他地域へ周遊させるかが今後の課題となる。すなわち、県南部への宿泊を伴うプログラムの造成が重要となろう。

6. このためにも、各DMOが行う誘客プロモーション及びコンテンツ開発は重要である。例えば、地域の自然資源を活用した体験プログラムの造成などの、県南部へ外国人観光客のみならず日本人観光客をも周遊させる魅力的な仕組みづくりが一層重要となろう。その際、外国人と日本人とに分けるだけでなく、外国人に対しては国・地域ごとの嗜好に合わせて各地域がもつ強みを訴求することが重要となろう。

おわりに

京都府、和歌山県の事例を踏まえ、本稿の前半では基礎統計を用いて奈良県観光の課題を確認し、後半ではDMOのマネジメントエリア別に誘客効果分析を行った。結果、戦略で示された課題である「宿泊を伴う周遊・滞在型観光」の一層の促進が重要であることが確認できた。AエリアとDエリアとの比較から明らかになったように、県内全域への周遊につなげるためにも、交通・道路体系の整備に加え、観光客の宿泊を促進するためのコンテンツ作りが必要である。その際、県の戦略にもあるように奈良県産の食材を使った食の提供などのブランド力の磨き上げも重要となろう。
これまでに筆者たちが行った京都府、和歌山県、奈良県の分析から得られた含意をまとめると、各府県とも各地域が保有する自然、歴史文化遺産を活かしたプロモーションを展開し、訪日外客を着実に増加させてきた。一方で、京都市や奈良市の例が示すように訪日外客が圧倒的に集中する地域とそうでない地域がある。またこれらの地域では比較的日帰り客が多く、宿泊客の拡大に対応できていない。すなわち、宿泊需要のポテンシャルを失っていることになる。こういった課題は、コロナ禍を経験することで見えてきた。今後のインバウンド戦略を考えれば、他地域へ分散・周遊を実現できるプログラム開発が重要となろう。インバウンド需要が回復にするつれて、各自治体はコロナ禍を受けた戦略に基づき、観光地域づくりのかじ取り役を担うDMOの役割がより一層重要となる。
今後は「広域・周遊」という分析視角に注目し、上記以外の関西各府県における観光分析をおこなっていく。

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