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2023年のプロ野球は、セントラル・リーグが阪神タイガース、パシフィック・リーグがオリックス・バファローズ、ともに関西に本拠地を置く球団が優勝した。またクライマックスシリーズはセ・パ両リーグともリーグ優勝チームが勝ち上がり、59年ぶりに関西勢同士の対決、いわゆる「関西ダービー」が実現した。結果、日本シリーズは阪神が38年ぶり2回目の日本一に輝いた。
本稿は、高林ほか(2023)、APIR関西地域間産業連関表プロジェクトチーム(2023)での阪神タイガースおよびオリックス・バファローズの優勝の分析に加え、クライマックスシリーズ、日本シリーズ、その後の優勝関連セール及び優勝パレードによる経済波及効果も含めた「決定版」となるレポートである。分析結果の概要は以下の通りである。
1. 全国で発生する経済波及効果総計は1,607億3,300万円、うち直接効果は719億9,900万円、間接効果は887億3,300万円となった。
2. 関西2府8県では経済波及効果は935億5,700万円であるが、関西を除くその他地域では671億7,600万円。うち、関西が58.2%、その他地域が41.8%を占めており、その他地域では大部分が間接効果となっている。これは、関西での需要を満たすため、関西以外の他府県で一定の需要が発生していることを意味している。
3. 関西各府県での効果をみると、うち大阪府は427億2,200万円(26.6%)、兵庫県は250億8,700万円(15.6%)となっており、2府県で42.2%と関西地域(58.2%)の大部分を占める。
4. 優勝関連セールについては、経済波及効果は大阪府(62.8%)が圧倒的な割合を、優勝パレードについては大阪府(42.1%)、兵庫県(35.4%)と2府県で効果の77.5%を占めている。
5. 今回のリーグ優勝、ポストシーズン及び優勝パレードの2府4県の経済波及効果は関西の名目GRPを0.05%程度押し上げる。全国ベースでは名目GDPを0.01%程度押し上げる。
DETAIL
はじめに:分析の特徴
2023年のプロ野球は、セントラル・リーグでは阪神タイガース、パシフィック・リーグではオリックス・バファローズが優勝した(以下ではそれぞれ「阪神」「オリックス」と記す)。阪神は2005年以来18年ぶりの優勝、一方オリックスは2021年以来3年連続のリーグ制覇である。なお両リーグともに関西に本拠地を置く球団が優勝したのは1964年の阪神タイガース・南海ホークス以来、59年ぶりのことである。
またクライマックスシリーズは、セ・パ両リーグともリーグ優勝チームが勝ち上がり日本シリーズに進出することとなった。結果、日本シリーズは阪神とオリックスの顔合わせとなり、59年ぶりに関西勢同士の対決、いわゆる「関西ダービー」が実現した。日本シリーズは最終戦までもつれる激闘の末、阪神が4勝3敗でオリックスを退け、1985年以来38年ぶり2回目の日本一に輝いた。
スポーツイベントや特定球団の優勝による経済波及効果は、これまでしばしば計測されている。特に2003年に阪神が優勝した際には、18年ぶりの優勝だったということもあり、その経済波及効果が大きな話題となった。当時いくつかの機関によって推計が行われ、経済波及効果は734億円~1,587億円という規模であった 。
当研究所では高林ほか(2023)において、APIR関西地域間産業連関表により2023年の阪神優勝の経済波及効果を計測した。またAPIR関西地域間産業連関表プロジェクトチーム(2023)では、阪神に加えてオリックス優勝にも拡張展開して経済波及効果を計測した。本稿は、これらに加えて上述したクライマックスシリーズ・日本シリーズ・その後のセールおよび優勝パレードによる経済波及効果も含めた決定版となるレポートである(以下、クライマックスシリーズと日本シリーズを併記する際には「ポストシーズン」と呼ぶことにする)。
本稿の分析では、高林ほか(2023)と同様に、APIR関西地域間産業連関表を用いて、地域別に経済波及効果を計測する。経済波及効果の計測の手順は、以下の通りである。まず優勝により発生する新規需要を推計する。新規需要は、公式戦及びポストシーズンにおける(1)球場観戦者による消費、(2)球場外での消費を分析し、加えて(3)リーグ優勝、日本一及び感謝セール(以下、優勝関連セール)及び(4)優勝パレードに分けて、それぞれ推計する。ここでの新規需要は地域別・産業別に想定し、できるだけ実態を反映するべく精緻に行う。推計された新規需要に対してAPIR関西地域間産業連関表を用い、全国ならびに関西2府8県に及ぼす経済波及効果を計算する。なお、本稿での「優勝の経済波及効果」では、当該球団が優勝することで追加的に発生する需要のみを対象としている。例えば、優勝しようが最下位であろうが球場に毎日足を運ぶファンのチケット代は、優勝の経済波及効果にはならない。ただしこの人が優勝を祝して平時よりもビールを追加的に1杯多く飲むとすれば、このビール代は優勝の経済波及効果となる。したがって、優勝しなかった場合(以下「平時」と呼ぶ)と優勝した今年を比較して、観客数や消費単価がどう変化したかが本分析のポイントとなる。
我々の分析の最大の特徴は、経済波及効果の計測において独自に開発したAPIR関西地域間産業連関表を用いていることである。そのためには、新規需要の発生を地域別に設定しなければならない。後述するように、阪神とオリックスではファンの地域分布、すなわち需要が発生する地域が異なることから、実態に近い分析が可能となっている。また経済波及効果の結果も地域別に捉えることができる。
ところで、地域での経済波及効果を計測した先行事例においては、全国の経済波及効果の一定割合とするような、かなり大胆な仮定を置いた分析がしばしば散見される。しかしこの方法でおおよその規模は捉えられるとしても、例えば関西内に限っても府県ごとに産業構造や自給率は大きく異なるため、新規需要の発生状況が異なっておれば、関西各府県の割合が一定ということはありえない。そもそもその根拠が明示されていない限り、信憑性に欠くといえよう。このため本稿では単に経済波及効果の計測結果を示すだけでなく、可能な限り前提条件やその算出方法を明示することを心がけた。
1.球場観戦者の消費
本項では、球場観戦者による消費について検討する。球場観戦者による消費は、球場観戦者数に一人当たり消費単価を乗じて求められるが、平時に比べて今年どれだけ追加的に増加したかを見積もる必要がある。以下、公式戦とポストシーズンのそれぞれについて球場観戦者数と一人当たり消費単価を推計する。
1-1. 球場観戦者数の想定
阪神・オリックス両球団のホームゲームにおける球場観戦者数を公式戦とポストシーズンそれぞれ分けて示す。
まず公式戦については、観客動員が平時に比べて今年どれだけ追加的に増加したかを見積もる必要がある。図1は、2005年以降の阪神・オリックス両球団主催ゲームの観客動員数の推移を示したものである 。特に目に付くのはコロナ禍にあった20年・21年で、無観客試合や入場制限などの影響で観客動員は大きく落ち込んだ。オリックスは21年に25年ぶりとなる優勝を果たしたが、年間観客動員は43万1,601人(1試合あたり7,315人)にとどまった。また22年は開幕から入場制限が撤廃されたものの、コロナ禍前の水準を回復するには至らなかった。したがって平時の観客動員数としては、コロナ禍の20年から22年までの動向は除外して検討するべきであろう。
図1 2005年以降の阪神・オリックス主催試合観客動員数の推移
(出所)日本野球機構ホームページ、プロ野球Freakホームページより筆者作成
阪神の平時の観客動員数は、前回優勝の翌年2006年からコロナ禍前の19年まで15年間の1試合平均観客数4万861人に、23年の主催ゲーム数である71試合を乗じて、290万1,110人とする。また23年の観客動員数は291万5,528人であった。
オリックスの平時の観客動員数も、同様に計算する。1試合平均観客数は、阪神のケースに合わせて2006年からコロナ禍前の19年までの平均値2万939人とする。23年の主催ゲーム数72試合を乗じて、オリックスの平時の観客動員数は150万7,583人と推計される。また23年の観客動員数は194万7,453人であった(後掲参考表1参照)。
平時と2023年の観客動員数の差は、阪神は1万4,418人、オリックスは43万9,870人である。阪神は平時では1試合当たり4万人程度の観客動員があり、今年はそれに比べて203人しか増加していない。20年に座席改修が行われたため座席数が減少した影響もあるが、06年から19年の間の阪神は優勝には至らないものの上位に食い込むシーズンが多く(平均順位3.1位)、23年の優勝で観客動員数が大きく増加したということはなかったといえる。一方オリックスは、平時では1試合当たり約2万人程度の観客動員にとどまっており、この背景には06年から19年の間のオリックスは低迷期にあり(平均順位4.8位)、観客動員数が伸び悩んでいたと考えられる。今年は3年連続のリーグ優勝もあり、平時に比べて6,109人と大きく増加した。
次にポストシーズンの観客動員数について整理する。ポストシーズンの試合は平時に比べて純増となるため、観客動員数がそのままポストシーズン開催による追加的な増分となる。クライマックスシリーズは、阪神は3試合、オリックスは4試合を本拠地球場で開催した。観客動員数はそれぞれ12万7,913人と14万1,311人だった。また日本シリーズは3試合が阪神甲子園球場で、4試合が京セラドーム大阪で試合が行われた。観客動員数は甲子園球場での3試合の合計が12万3,075人、京セラドーム大阪での4試合の合計が13万4,323人だった。さらに、日本シリーズ第6戦・第7戦についてはパブリックビューイングが阪神甲子園球場で開催され、2日間で2万5,887人の動員があった(京セラドーム大阪でのパブリックビューイングの開催はなし)。
以上を整理すると表1のようになる。「差」の列に示されている人数がリーグ優勝・ポストシーズンにより増加した観客動員数となる。
表1 観客動員数:公式戦とポストシーズン
(注)公式戦試合数は2023年の試合数に基づき、阪神71試合、オリックス72試合で計算。交流戦での本拠地球場の主催試合数が隔年で異なるため、阪神とオリックスで試合数が異なる。
(出所)日本野球機構ホームページ、プロ野球Freakホームページより筆者作成
1-2. 球場での消費単価の想定
次に、球場観戦時の消費項目として、チケット代、交通費、飲食費、グッズ等購入費の4項目を特定し、平時と2023年の当該項目の消費単価を球団別に想定する。ポストシーズンのうち、クライマックスシリーズは公式戦と同様の取り扱いとする。日本シリーズは、日本野球機構の主催試合であるためチケット代は日本野球機構に帰属するため、新規需要としては考慮しない。また阪神甲子園球場で開催されたパブリックビューイングの入場料は無料であったため、チケット代は発生しない。チケット代以外の費目については、日本シリーズ・パブリックビューイングとも公式戦と同様に発生する。
チケット代は、公式戦については平時と2023年ともに阪神は1試合1人あたり3,653円、オリックスは3,441円とする。チケット料金は、球場・席種・曜日等によって異なるが、阪神甲子園球場および京セラドーム大阪のチケット料金表をもとに、座席数・日数等を考慮してそれぞれ算出した。ポストシーズンについては、クライマックスシリーズは公式戦とチケット代が異なり、阪神は1試合1人あたり4,373円、オリックスは3,666円とする。なおチケット代は、阪神の場合は兵庫県、オリックスの場合は大阪府の需要となる。
交通費・飲食費は、MURC(2022)のアンケート調査結果の「スタジアム観戦にかかる出費」(1回あたりの金額)を参照し、これを利用する。この結果、平時の消費単価を、交通費2,825円、飲食費2,064円とする。一方2023年については、足下の物価上昇を考慮して消費者物価指数の伸び(近畿地区、2023年9月、対前年同月比)を乗じて、公式戦・ポストシーズンともに交通費2,927円、飲食費2,171円とする。
グッズ等購入費についても、MURC(2022)のアンケート調査結果をベースとする。同調査によると、平時のグッズ等購入費は1回当たり1,862円となっている。ただし球団によって応援グッズの単価が異なるため、この違いを反映する。表2は、球場観戦時の標準的な応援グッズ(レプリカユニフォーム、選手名入りタオル、応援用バット)を買い揃えた場合にかかる費用を球団別に示したものである。12球団の平均値は1万2,766円であるが、阪神は12球団のうち最も安上がりで9,800円(対平均値比77%)、オリックスは1万3,150円(同103%)と平均よりやや高額となっている。ここでの12球団平均値に対する比率を前出の1回あたり1,862円に乗じて、平時のグッズ等購入費を阪神1,429円、オリックス1,918円とする。一方2023年は好成績による売上の伸びを織り込み平時に比べて1.5倍になると想定し 、さらに足下の物価上昇を考慮する。結果、23年の公式戦でのグッズ等購入費は阪神2,245円、オリックス3,012円となる。またポストシーズンのグッズ等購入費については、阪神748円、オリックス753円と推計する。なお、クライマックスシリーズ・日本シリーズそれぞれ通して公式戦1試合に相当するとみなして試合数で除した額を用いている。
表2 12球団別の応援グッズ価格
(注)ここでの価格は、レプリカユニフォーム、選手名入りタオル、応援用バットの合計額。
(出所)東洋経済ONLINE記事より筆者作成。
交通費については、手段(鉄道旅客輸送か道路旅客輸送に分けて)と需要発生地の内訳を考慮する。阪神については、阪神甲子園球場までの交通費の内訳が鉄道旅客輸送(鉄道)と道路旅客輸送(バス・タクシー等)に分かれる。また兵庫県以外から球場に訪れた場合、出発地で交通費の支出が発生することになる。まず交通手段については、甲子園来訪者の約8割が甲子園駅を利用することから、8割を鉄道旅客輸送、残りの2割を道路旅客輸送に割り当てる。道路旅客輸送は、全て兵庫県で発生する需要とみなす。鉄道旅客輸送は、甲子園駅に到着する際には球場観戦者の出発地に需要が発生し、甲子園駅を出発する際には兵庫県で需要が発生すると考える。出発地の人口分布は、地域別の阪神ファンの人口シェアに従うと想定する。オリックスについては、手段はすべて鉄道旅客輸送であるとし、需要発生地はファン人口比により按分した。
またグッズ等購入費の内訳について、阪神・オリックスともに選手名が入ったレプリカユニフォームやタオル等の繊維製品が83%、選手アクリルスタンドや缶バッジ、試合終了後の演出時に用いられるペンライトなどの雑貨類が17%を占めると想定する。この割合は、商品単価および店舗の売上ランキングをもとに算出した。なおこの購入費は商業マージン・運賃を含んだ購入者価格表示であるため、これを生産者価格に変換する作業を施している。作業手順については、3節の優勝セールの項で記す。
1-3. 結果:球場観戦者による消費支出額
1-1の球場観戦者数と1-2の消費単価の想定を乗じると、平時と今年それぞれの球場観戦者による消費支出額が算出できる。算出結果をまとめると表3のようになる。公式戦での球場観戦者の消費は、平時に比べて阪神では31.3億円、オリックスでは70.5億円押し上げられたことになる。平時に比べて球場観戦者数が大きく増加したオリックスの方が、消費額の増加幅も大きくなっている。またポストシーズンでの球場観戦者の消費は、阪神が21.8億円、オリックスが21.3億円となる。
表3 球場観戦者の消費支出額まとめ
公式戦
ポストシーズン
(出所)MURC(2022)等より筆者作成
2.球場外での消費
次に、球場外での消費を考える。ここでの推計は、ファンの人数と球場外での追加的消費単価の積として、リーグ優勝及びポストシーズンにおいて追加的に発生する消費額を算出する。
2-1. ファン人口の想定
ここではまず、全国および各府県における阪神ファンとオリックスファンの人数を推計する。阪神ファン人口は、中央調査社が毎年実施している「人気スポーツ調査」およびMURC(2022)での調査結果を用いて、全国および関西2府8県の阪神ファン人口を推計した。「人気スポーツ調査」には「日本のプロ野球チームの中で、あなたが一番好きなチームはどこですか」という設問があり、全国および地域別の結果が示されている。この地区別の阪神ファン率を各県の20歳以上人口に乗じると、各県の阪神ファンの人口を推計することができる。ここで計算のベースを20歳以上人口としているのは「人気スポーツ調査」の調査対象が20歳以上となっているためであるが、この想定で計算すると全国に阪神ファンが875万人いることになり、実感に比して多すぎるように思われる。他方、前述のMURC(2022)では全国の阪神ファン人口を404万人とする調査結果を示している。
そこで今回の推計では、まず(1)中央調査社(2023)の調査結果から得られる地区別ファン比率と府県別人口(20歳以上人口)を用いて阪神ファン人口の地域別シェアを算出する。次に(2)このシェアにMURC(2022)の調査結果である全国の阪神ファン人口(404万人)を乗じることによって、地区別阪神ファン人口を推計する 。関西2府8県の20歳以上人口のうち、阪神ファンは約14%となっている。
またオリックスファン人口については、阪神に比べると情報量が限られている。中央調査社の結果によると、20歳以上人口に占める割合が全国では1.6%、関西2府4県では5.2%となっている。そこでまず阪神ファン人口404万人に、阪神とオリックスのファン割合の比率(16.6%)を乗じて、全国のオリックスファン総数を67万3,333人と推計した。また関西2府4県についてはファン割合が5.2%と判明しているため、関西2府4県の20歳以上人口にこれを乗じて算出した。その他地域のファン人口は、全国のオリックスファン人口とこれまで推計された関西のオリックスファン人口の残差とし、2府4県以外のファン割合(0.9%)を推計した。関西2府8県の20歳以上人口のうち、オリックスファンは約2%となっている。
以上の結果をまとめると表4のようになる。
ファン人口総数では阪神がオリックスを凌駕している。特に関西ではその傾向が強く(阪神:69.8%、オリックス:54.5%)、オリックスは阪神に相当数のファンを奪われているといえる。逆に関西以外の地域(表4ではその他地域と記載)においては、阪神ファン全体に占める割合が30.2%にとどまるが、オリックスでは同45.5%となる。具体的な数字を見ると、大阪府では阪神ファン119.0万人に対してオリックスファンは15.4万人となっており、倍率にして8倍近い開きがある。これに対して、その他地域では阪神ファン121.9万人に対してオリックスファンは30.6万人であり、倍率は約4倍にまで縮小する。すなわち、阪神のファン層は関西に偏在し、オリックスのファン数は阪神に比して少ないものの、全国的に点在していると言える。こうした阪神とオリックスのファン地域分布の違いは、球場外における追加的消費の規模の差異に影響する。
表4 地域別ファン人口の推計
(出所)中央調査社、MURCのアンケート調査結果および総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」より筆者作成
2-2. 消費単価の想定:公式戦及びポストシーズン
次に球場外での消費として、消費品目は、飲食費とその他の消費に分けて検討する。飲食費は、阪神ファン・オリックスファンがリーグ優勝を契機として、平時に比べて追加的に飲食する際の支出額がこれにあたる。またグッズ等購入費は、球団関連グッズ、優勝記念グッズ、スポーツ新聞、雑誌等を購入する際の支出額である。
【公式戦における消費単価】
飲食費については、関西社会経済研究所(2003)での想定を踏襲し、両チームのファン一人当たり年間1万円を追加支出すると想定する。またその他消費については1,000円を追加的に支出すると想定する。1-2で示した球場観戦者によるグッズ等購入費の平時と今年の差(1,099円)に近い値としている。なおここでの追加的なその他消費1,000円の内訳としては、食料品10%、繊維製品40%、雑貨類40%、書籍・雑誌・映像商品等10%とする。この割合も1-2と同様に商品単価と店舗売上ランキングを参考に想定しているが、球場での応援グッズが多い球場内での購入品目の構成とは異なっている。
【ポストシーズンにおける消費単価】
以上はリーグ優勝を契機とした追加的支出であるが、阪神については38年ぶりの日本一を達成したことで、さらに追加的な支出が発生する。追加的支出の消費単価は、飲食費2,000円、グッズ等購入費200円と想定する。グッズ等購入費の内訳はリーグ優勝と同じとする。なおオリックスについては考慮しない。
2-3. 結果:球場外での消費支出額
2-1.の地域別ファン人口と2-2.の消費単価の想定を乗じると、リーグ優勝と日本一に伴う球場外における各地域のファンの消費支出額を算出できる。算出結果をまとめると表5のようになる。
リーグ優勝に伴う全国の阪神ファンによる追加的飲食費は404.0億円、その他消費は40.4億円、オリックスファンによる追加的飲食費は67.3億円、その他消費は6.7億円となる。
日本一に伴う全国の阪神ファンによる追加的飲食費は80.8億円、その他消費は8.08億円となる。
表5 各地域の阪神・オリックスファンによる球場外での追加的消費
【阪神】
【オリックス】
(出所)中央調査社、MURCのアンケート調査結果および総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」より筆者作成
3.優勝関連セール及び優勝パレード
本節では、阪神・オリックスの優勝を記念して行われた百貨店での優勝関連セール及び両球団の優勝を祝して11月23日に神戸・大阪で実施された優勝パレードによって発生した新規需要の想定を示す。
3-1. 優勝関連セール:リーグ優勝、日本一及び感謝セール
本稿で取り上げるリーグ優勝セール、日本一セール及び感謝セール(以下、優勝関連セール)については、阪神については阪神百貨店梅田本店、オリックスについては近鉄百貨店あべのハルカス近鉄本店に限定して、その効果を以下のように推計した 。なお当該百貨店の売上高については、月次での前年同月比は公表されているが、金額は四半期ベースのみにとどまっている。
売上高の対前年同月比についてみると、コロナの5類移行に伴い社会活動が正常化した2023年5月から8月までの平均伸び率は、阪神梅田店:19.1%、近鉄あべのハルカス店:5.6%である。一方、優勝セールが実施された9月実績は、阪神梅田店:58.3%、近鉄あべのハルカス店:22.4%となっている。また、日本一及び感謝セールが実施された11月は、阪神梅田店:50.3%、近鉄あべのハルカス店:7.8%となった。5月~8月までの平均売上高伸び率と当該セール売上高伸び率の差を計算する。この差を阪神およびオリックスのリーグ優勝、日本一セール及び感謝セールの効果とみなすことにした。なお、ベースとなる売上高の金額は22年度の月平均売上額に上振れ率を乗じて、優勝セール等の金額を推計した。
結果、推計された売上高を表6に示す。リーグ優勝セールについては、阪神梅田本店は17億9,900万円、近鉄あべのハルカス店は5億600万円、合わせて23億500万円と推計した。
日本一セール及び感謝セールの売上高については、阪神梅田本店は14億3,000万円、近鉄あべのハルカス店は6,600万円、合わせて14億9,600万円と推計した。
表6 リーグ優勝セール、日本一セール及び感謝セールの推計売上高
(出所)H2Oリテイリング及び近鉄百貨店の「売上速報」を基に計算。
なお優勝セールでの対象品目は、阪神百貨店・近鉄百貨店ともに詳細は不明であるが、報道によると売場商品の大半が割引対象となったとされることから、優勝セールにおける品目の構成は、統計で把握されるそれと大きく異なることはないと想定する。これを踏まえ、産業連関表の産業部門への対応については、まず商業動態統計調査における大阪市内の百貨店売上高により大枠の構成比を設定する。次に、APIR関西地域間産業連関表の消費ベクトルの構成比により大枠を按分し、産業連関表の部門に対応した構成比を算出する。また売上高は購入者価格表示であるため、これを生産者価格に変換する。具体的には、商業マージンと運賃を全国表の対購入者価格比率に基づいて剥ぎ取り、それぞれ大阪府の商業部門と道路貨物輸送部門に計上した。なお前節で示したグッズ等購入費についても同様の作業を行っている 。
3-2. 優勝パレード
11月23日には、神戸・三宮と大阪・御堂筋で午前と午後でチームを入れ替える形で阪神・オリックスのリーグ優勝を祝う優勝パレードが同時に実施された。当日は天候にも恵まれ、主催者発表によると午前は神戸30万人、大阪20万人、午後は神戸15万人、大阪35万人とのべ100万人が集まった。パレードの観衆による飲食費や交通費といった消費支出や実施に要した事業費も経済波及効果をもたらす。以下で優勝パレード実施により発生した新規需要を推計する。
優勝パレードにより発生した新規需要は、基本的にパレード参加人数と消費単価の積として求められる。ただしパレード参加者の中には、神戸と大阪を移動して午前・午後の両方参加した人や、午前・午後とも同一会場で参加した人もいる。後で行う分析では、実人数ベースで新規需要が発生した場所(大阪府か兵庫県か)を考慮する必要がある。そこで、参加者の行動パターンを分類した上で、行動パターンに基づく消費支出および需要発生地域を想定する。
【優勝パレードへの参加パターン】
パレードの参加のべ人数は100万人であるが、掛け持ち参加による重複を除く実人数を推計する必要がある。参加者の行動パターンとしては午前・午後それぞれについて「神戸で参加」「大阪で参加」「不参加」の選択肢があり、午前不参加・午後不参加の組み合わせを除けば8通りについてケースが考えられる。掛け持ち参加者の人数は不明であるため、午前の各会場参加者のうち、午後もそのまま同会場で参加した人の割合を10%、午後は会場を移動して参加した人の割合を5%、残り85%の人は午後不参加だったと仮定する 。この仮定によると、午前の神戸でのパレード参加者30万人の内訳は、午後に大阪に移動した人1万5千人、午後も神戸でパレードに参加した人3万人、午後はパレードに参加しなかった人25万5千人となる。同様に午前の大阪でのパレード参加者20万人の内訳は、午後に神戸に移動した人1万人、午後も大阪でパレードに参加した人2万人、午後はパレードに参加しなかった人17万人となる。また、午後の神戸・大阪の参加者数から、午前は不参加で午後神戸でパレードに参加した人は11万人、午前は不参加で午後大阪でパレードに参加した人は31万5千人となる。以上を合計すると、パレードに参加した実人数は92万5千人となる。のべ人数が100万人であるため、重複した参加者は7万5千人となる。
【優勝パレードの消費支出額の推計】
次に、参加者の行動パターンに即して消費支出を推計する。パレード参加に伴い発生する消費支出は、交通費(鉄道旅客輸送)と飲食費のみとする。なお参加者は大阪府民と兵庫県民のみとし、各行動パターンの半数が大阪府民、半数が兵庫県民とする。交通費については、大阪神戸間で移動が発生する場合に、支出が発生すると考える。単価は阪神電車で大阪梅田―神戸三宮間の往復運賃より660円とする。また飲食費の需要発生地域について、同一会場での参加者はその参加地で、両会場を移動し掛け持ちした参加者は半数が大阪府、半数が兵庫県で支出したとする。また午前もしくは午後にどちらかで参加した人は、半数が参加地で支出したとする。単価は大阪・神戸でのランチ代を考慮して1,500円とする 。なお飲食についてはパレードの参加に伴って追加的に支出された飲食費のみを計上する必要があるが、飲食を伴う行動パターンに該当する参加者のうちの半数が追加的な支出を行ったものとする。
以上より優勝パレードに伴い発生する消費支出をまとめると、表7のようになる。実人数で92万5千人が参加し、大阪府で交通費1.5億円、飲食費4.1億円、兵庫県で交通費1.5億円、飲食費3.4億円、大阪府と兵庫県合わせて10.6億円の消費支出が発生したと想定される。
また消費支出とは別に、パレード実施に際して会場警備費やパレード運行費等の事業費が総額5億円かかっており、これは大阪府と兵庫県の対事業所サービス部門の新規需要となる。大阪府と兵庫県の内訳が不明であるため、参加のべ人数の比率で按分し、大阪府2億7,500万円、兵庫県2億2,500万円とする。
表7 優勝パレードに伴い発生する消費支出(単位百万円)
(出所)筆者作成
4.リーグ優勝、ポストシーズン、優勝関連セール及び優勝パレードの経済波及効果
1節、2節及び3節の最終想定を前提とし、APIR関西地域間産業連関表を用いて、阪神・オリックスのリーグ優勝、ポストシーズン及び優勝パレードの経済波及効果を算出する。
4-1. 新規需要の整理
ここまで阪神及びオリックス優勝による新規需要を、リーグ優勝及びポストシーズンにおける球場観戦者の消費と球場外の消費に加えて、優勝関連セールと優勝パレードに分けて推計した。リーグ優勝により発生する新規需要は620.2億円、ポストシーズンは132.0億円、セール(リーグ優勝、日本一及び感謝)は38.0億円、優勝パレードは15.6億円、合計で805.8億円となる。これらを支出項目別および地域別に整理すると表8のようになる。
表8 最終需要の想定
項目別
地域別
(出所)筆者作成
項目別に見ると、リーグ優勝による最終需要は阪神が475.7億円、オリックスが144.5億円、合計620.2億円となる。またポストシーズンでの最終需要は阪神が110.7億円、オリックスが21.3億円、合計132.0億円となる。セールでの最終需要はリーグ優勝が23.1億円、日本一及び感謝セールが15.0億円、合計38.0億円となる。優勝パレード実施による最終需要は15.6億円となる。
また地域別にみると、阪神・オリックスとも大阪府が最多でそれぞれ170.4億円、82.9億円となっている。金額は阪神の方が大きくなっているが、最終需要全体(優勝パレード除く)に占める大阪府の割合でみると、阪神29%に対してオリックスは51%となっている。またその他地域の割合は阪神28%、オリックス26%となっており、関西の球団の優勝により発生する最終需要は関西だけに留まらないことが確認できる 。
4-2. 阪神・オリックス日本シリーズの経済波及効果:関西経済に与える影響
表8に示した新規需要を基に、経済波及効果を計測した。ここでは新規需要発生による効果(直接効果)と、これを満たすべく追加的に発生する間接的な効果(間接効果)をみている。なお、間接効果は、中間財への生産誘発から生じる1次波及に加え、所得増により発生する2次波及効果も含んでいる。直接と間接の効果の合計が経済波及効果の総額となる。
後掲参考表3が示すように、阪神リーグ優勝の全国で発生する経済波及効果の総計は1,017億3,800万円、うち直接効果は444億2,800万円、間接効果は573億1,000万円となる。オリックスの経済波及効果の総計は272億800万円、うち直接効果は128億円、間接効果は144億800万円となる。
リーグ優勝で発生する経済波及効果の総計は1,261億9,800万円、うち直接効果は557億9,100万円、間接効果は704億700万円となる。
ポストシーズンで発生する経済波及効果の総計は269億3,900万円、うち直接効果は123億3,700万円、間接効果は146億200万円となる。
優勝関連セールで発生する経済波及効果の総計は45億3,100万円、うち直接効果は23億7,000万円、間接効果は21億6,100万円となる。
優勝パレードで発生する経済波及効果の総計は30億6,400万円、うち直接効果は15億200万円、間接効果は15億6,300万円となる。
リーグ優勝、ポストシーズン、優勝関連セール及び優勝パレードによる経済波及効果の合計額は1,607億3,300万円、うち直接効果は719億9,900万円、間接効果は887億3,300万円となる。
前述の効果は全国ベースの経済波及効果であるが、地域経済への影響という観点が重要である。我々の分析ではAPIR関西地域間産業連関表を用いているため、どの地域で経済波及効果が発生しているかについても把握することができる。
以上の結果を関西地域とその他地域にわけてみたものが図2-1及び図2-2である。図2-1が示すように、リーグ優勝、ポストシーズン、優勝関連セール及び優勝パレードによる地域別波及効果をみれば、関西2府8県での経済波及効果は935億5,700万円(58.2%)であるが、関西を除くその他地域では671億7,600万円(41.8%)となる。なお、関西各府県の経済波及効果をみると(図2-2)、大阪府は427億2,200万円(26.6%)、兵庫県は250億8,700万円(15.6%)となる。
また今回新たに推計した優勝関連セールの経済波及効果については、大阪府(62.8%)が圧倒的な割合を占めており、優勝パレードについては大阪府(42.1%)、兵庫県(35.4%)と2府県で効果の77.5%を占めていることがわかる。
図2-1 地域別にみた経済波及効果:関西2府8県とその他地域
(出所)筆者作成
図2-2 地域別にみた経済波及効果
(出所)筆者作成
これまでは生産誘発額ベースの経済波及効果を示してきたが、付加価値誘発額ベースでみたリーグ優勝、ポストシーズン、優勝関連セール及び優勝パレードの2府4県の経済波及効果は、440億7,600万円である。APIRの最新予測によれば、2023年度2府4県の名目GRPを93兆3,760億円と予測しており、この効果は関西の名目GRPを0.05%程度押し上げ効果を持つ。また全国で見ると、付加価値誘発額ベースの経済波及効果は793億円1,200万円であり、全国名目GDP(588.5兆円)を0.01%程度押し上げることになる 。
5.分析の整理と含意
以上の分析を整理し、得られた含意は以下の通りである。
- 新規需要を(1)リーグ優勝、(2)ポストシーズン、(3)優勝関連セール及び(4)優勝パレードに分けて想定し、APIR関西地域間産業連関表を用いて経済波及効果を計測した。計測結果によれば、全国で発生する経済波及効果総計は1,607億3,300万円、うち直接効果は719億9,900万円、間接効果は887億3,300万円となった。
- 我々の分析の特徴は、どの府県で経済波及効果が発生しているかを見ることができる点にある。関西(2府8県ベース)の経済波及効果は935億5,700万円であるが、関西を除くその他地域では671億7,600万円となる。全体の効果のうち、関西には58.2%、その他地域には41.8%が帰属している。関西を除く地域では経済波及効果のうち、直接効果は193億4,600万円と相対的に小さく、大部分が間接効果(478億3,000万円)となっている。このことは関西での需要を満たすため、関西以外の他府県で一定の需要が発生していることを意味している。
- 関西各府県での効果をみると、うち大阪府は427億2,200万円(26.6%)、兵庫県は250億8,700万円(15.6%)となっており、2府県で42.2%と関西地域(58.2%)の大部分を占めることがわかる。
- 優勝関連セールと優勝パレードの効果についてみれば、優勝関連セールで発生する経済波及効果の総計は45億3,100万円、うち直接効果は23億7,000万円、間接効果は21億6,100万円。優勝パレードで発生する経済波及効果の総計は30億6,400万円、うち直接効果は15億200万円、間接効果は15億6,300万円となる。優勝関連セールについては、経済波及効果は大阪府(62.8%)が圧倒的な割合を占めており、優勝パレードについては大阪府(42.1%)、兵庫県(35.4%)と2府県で効果の77.5%を占めている。
- 付加価値誘発額ベースでみた2府4県の経済波及効果は、2023年度2府4県の名目GRPを0.05%程度、また名目GDP(588.5兆円)を0.01%程度押し上げることになる。
【後記】
阪神が18年ぶりにセ・リーグ優勝を果たした。そしてパ・リーグ3連覇のオリックスとの日本シリーズ『関西ダービー』の激闘の末、38年ぶりに日本一となった。2021年に僅差で優勝を逃したときは、落胆のあまり、もう生きている間に優勝をこの目で見ることはあるまいと覚悟した。それが今年は岡田彰布監督の指揮のもと日本一にまで上り詰めた。阪神ファンにとって阪神タイガースは「生活の一部」といわれる。であれば、阪神が優勝する、日本一になるということは関西人口の約14%を占める阪神ファンの生活を大きく変えることにほかならならない。その影響は周りに及び大きな経済効果を生むことになるだろう。まして、今回はオリックスとの「関西ダービー」でポストシーズンがすべて関西で行われた。阪神・オリックスの優勝パレードには和歌山県の人口(89.1万人)を優に上回るのべ100万人が詰めかけた。
今回の経済効果の試算にあたって私たちは過去の多くの先行事例を参照させていただいた。そして私たちの仕事も将来にわたって、経済効果に関心を寄せる多くの方々にとって考察の手がかりとなるものでありたいと思う。そのため試算の前提条件や算出方法を可能な限り明らかに示し、望めば再現可能となるように尽力した。また、APIR関西地域間産業連関表の最大の特色は関西府県間・その地域間の交易を織り込んで分析できることにある。今回の経済効果全体の4割以上が大阪府・兵庫県に集中的に発生する一方で相当部分が関西以外の地域にもたらされることも示された。地域間交易を通じて阪神・オリックスの経済効果はファンの分布を越えて全国区的といえるのである。
(高林)