大阪・関西万博の経済波及効果 -3機関による試算の比較-

Trend Watch No.95

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ABSTRACT

本稿では3機関(経済産業省、大阪府市、アジア太平洋研究所(以下、APIR))の産業連関表による大阪・関西万博の経済波及効果の試算を比較し、試算結果の違いを分析した。その結果、各機関が想定した最終需要の大きさが違うこと、取り扱う最終需要の範囲が異なること、加えて産業連関表の対象地域が異なることが、経済波及効果の違いを生じさせていることが明らかとなった。分析を整理し、得られた含意は以下の通りである。

 

  1. 経済波及効果を比較するうえで、まず最終需要の想定が重要である。最終需要のうち、万博関連事業費(建設投資・運営・イベント・その他)及び来場者消費において、APIRが経済産業省及び大阪府市の想定を上回っている。
  2. 経済産業省と大阪府市は発生した需要額(発生需要)をそのまま用いて経済波及効果を計算しているのに対し、APIRでは2府8県以外のその他地域分を除いた直接需要ベースで行っており、そこからも効果の違いが表れている。
  3. 経済産業省は全国表、APIRは2府8県とその他地域の産業連関表を含む関西地域間産業連関表を用いているので、両者がカバーする地域は同一である。そのため、経済波及効果を発生需要もしくは直接需要で除した両者の乗数には大きな違いはない。一方、大阪府域への経済波及効果はAPIRの方が大きい。理由は、大阪府市が用いている産業連関表は大阪府内を対象とするものであり、府県間をまたいだ経済波及効果を考慮できないためである。
  4. より高い経済効果を実現するためにも来場者消費の効果の引上げが重要となろう。そのためにもAPIRが主張する「拡張万博」のコンセプトが重要であり、それに基づいた旅行コンテンツの一層の磨き上げが重要となる。

DETAIL

はじめに

足下の変化を踏まえた大阪・関西万博の経済波及効果について 3 機関(経済産業省、大阪府市、APIR)の試算が出そろった。経済産業省とAPIRは全国への効果を分析し、また大阪府市とAPIRは大阪府域への経済波及効果を試算した。

時系列的に整理すると(図表 1 参照)、最初の大阪・関西万博の経済波及効果の試算は経済産業省が2017 年 4 月17日に発表した(経済産業省(2017))。そこでは、万博関連事業費としては、建設費が0.2 兆円、運営費が0.2兆円、また来場者関連消費は0.7兆円と想定されている。これらの最終需要による経済波及効果は、万博関連事業で0.8兆(建設費:0.4兆円、運営費:0.4兆円)、来場者関連消費で1.1兆円、総計1.9兆円となっている。

その後、APIR は3度にわたって経済波及効果の試算を行った。しかし、2023 年末に経済状況の変化を踏まえ、国及び大阪府市が大阪・関西万博関連事業費用の見直しを行った結果、費用の上振れが確認された。これらの変化を反映した経済波及効果の再試算の機運が高まった。

2024 年1月24日にAPIRは最新のデータに基づき新たな万博関連事業費と来場者消費の想定の下、改訂試算を行った。それによれば、経済波及効果は全国で約 2.7 兆円、大阪府域で約 2.1 兆円となった。同年3月29日に経済産業省は万博全体の経済波及効果の総額を約2.9兆円と発表した。それを受け大阪府市は4月 12 日に、万博開催に伴う府域への経済波及効果を約 1.6 兆円と試算した。

これら3機関の経済波及効果は全国(APIR:2.7兆円、経済産業省:2.9兆円)と大阪府域(APIR:2.1 兆円、大阪府市:1.6兆円)で差異がみられる。

本稿はこのような差異がどのような理由から発生しているのかを検討したものである。以下、1.において試算結果の違いが発生する理由を最終需要(建設・運営費、来場者消費)の差異と最終需要の取り扱い範囲の差異から説明する。2.においては、3機関の経済波及効果を乗数により比較しつつ、利用する産業連関表の相違による影響を検討する。3.では分析のまとめと含意を示す。

1. 試算結果が異なる理由

同じ地域を対象とする産業連関表を用いて、同じ外生変数(最終需要)の値を用いれば、その経済効果は近似するはずである。以下で説明する検証の結果より、APIR と経済産業省の試算が異なる原因は、異なる最終需要の与え方であることがわかった。

1-1.最終需要の想定

<建設投資・運営・イベント・その他>

最終需要のうち、まず建設投資、運営・イベントの想定の違いを説明する。

建設投資は、主催者による支出と出展者による支出に分かれる。建設投資のうち主催者による支出は、3 機関とも 2,350 億円である。また出展者による支出は、経済産業省・大阪府市の想定が1,187 億円、APIRの想定は1,024億円となっており、前者が後者を163億円ほど上回る。

運営・イベントでは、APIR は主催者運営費を 1,359 億円と想定しているのに対し、経済産業省と大阪府市では会場管理費として1,160億円を想定している。出展者運営費としては、APIRは有限責任監査法人トーマツ(2018)の試算値に基づき2,080億円と想定している。一方、経済産業省と大阪府市は大阪府市万博推進局(2024)の試算値に基づき、イベント参加等 129 億円、出展費 2,201億円と想定している。

さらにAPIR試算では万博開催にあたっての関連基盤整備費306億円と自治体費用156億円を追加計上している。

結果、建設投資、運営・イベント計では、APIRが6,813億円、経済産業省及び大阪府市が7,027億円となり、後者が前者を214億円上回る。その他(関連基盤整備及び自治体費用)の想定462億円を加えると、APIR が7,275 億円となり、経済産業省及び大阪府市の想定を248億円上回ることになる。

 

<来場者消費>

次に来場者消費の想定の違いを説明する。APIR の想定では、『旅行・観光消費動向調査』及び『訪日外国人消費動向調査』のデータを用いて、日本人及び外国人の 1 回あたりの旅行支出額(2023 年 1-9 月期平均)を、平均泊数(日本人:2.2 泊、外国人:11.1 泊)で除して、1 人 1 泊ベースの消費単価に変換している。これをもとに万博開催時の来場者数や泊数を乗じて支出額を 8,913億円とした。一方、経済産業省及び大阪府市の算出根拠は現時点では把握可能ではないものの、来場者消費は7,050 億円としている。結果、APIR の想定が経済産業省と大阪府市の想定を1,863億円上回ることとなる。

図表2は経済産業省、大阪府市及びAPIRが想定した最終需要を比較したものである。

1-2.発生需要と直接需要の違い

最終需要が当該地域に発生したとしても、その需要は全額が当該地域の産品により賄われるわけではなく、一部は移入・輸入という形で地域外から調達される。当該地域に経済波及をもたらすのは当該地域の産品に対する需要であることから、移輸入分は最終需要から控除し、われわれはこれを「直接需要」とよぶ。経済産業省の分析では輸入の扱いは明らかではないが、全国表を用いる以上、少なくとも移入分を控除することはできず、国内で発生した最終需要の全額を計上している。一方、APIRの分析では、関西2府8県内産品に対する最終需要(上で定義した直接需要)を分析の出発点としている。

それを図示したのが図表3である。①は関西2府8県で発生した需要(発生需要)のイメージであり、表側は需要の発生地域をあらわす。確認しておくと、ある地域で需要が発生するということは、その地域内で財・サービスが購入されたということを意味する。次に、購入される財・サービスの調達地域、すなわち生産地を区分する。そのイメージが②であり、ここでは 2 府 8 県(黄)、地域外(緑)、海外(青)の3つに生産地を区分している。地域外からの調達は移入であり、海外からの調達は輸入に相当する。最後に③においては、需要を生産地域別に組み替えている。③の表側は、需要の発生地域ではなく、需要を賄う生産地域であることに留意されたい。われわれの経済波及効果の算出においては、域内産品(2府8県)への需要のみを考慮し、これを直接需要とよんでいる。

図表4はAPIRが想定した発生需要と直接需要の比較である。関西2府8県の発生需要は、建設・運営・その他で7,275億円、来場者消費で8,913億円だが、直接需要ベースでは、建設・運営・その他で6,855億円、来場者消費で7,000億円となる。次に大阪府域の発生需要をみると、建設・運営・その他で7,275億円、来場者消費で8,471億円だが、直接需要ベースでは建設・運営・その他で6,855 億円、来場者消費で6,784億円となる。

建設・運営・その他の発生需要はほぼ地場で調達するため、他地域からの移入や輸入を反映した漏出率は 5.8%と低い値となる。一方、来場者消費については、全国で 21.5%、大阪府域で19.9%と他地域に需要が漏出する割合が高くなる。

 

2. 3機関試算の経済波及効果比較

本節では前節で示された発生需要ないし直接需要に基づいて計算された APIR、経済産業省と大阪府市の経済波及効果を比較する。

2-1.全国への経済波及効果:APIRと経済産業省

大阪・関西万博開催による全国への経済波及効果を、建設・運営・その他と来場者消費に分けて比較したのが、図表 5 である。表が示すように経済産業省では発生需要を建設・運営・その他で7,027 億円、来場者消費で7,050億円、全体で1兆4,077億円と想定している。この発生需要を基に計算された経済波及効果は前者で1兆5,378億円、後者で1兆3,777億円、合計で2兆9,155億円となっている。

APIR では前節で説明したように実際の計算には関西2府8県における直接需要を用いている。このため、建設・運営・その他は6,855億円、来場者消費は7,000億円、全体で1兆3,856億円となり、これらを基に算出された経済波及効果は前者で1兆4,102億円、後者で1兆3,355億円、合計で2兆7,457億円となる。

経済産業省が試算した経済波及効果を発生需要で除した乗数をみれば、建設・運営・その他で2.2、来場者消費で2.0、全体で2.1となっている。一方、APIRが試算した経済波及効果を直接需要で除した乗数をみると、建設・運営・その他で2.1、来場者消費で1.9、全体で2.0となっており、経済産業省試算の乗数とほぼ同じである。経済産業省は全国表、APIRも2府8県とその他地域から構成される地域間産業連関表を用いておりカバーする地域は同一(日本国内)である。これが、乗数が近似する原因であろう。

2-2.大阪府域への経済波及効果: APIRと大阪府市

大阪府域への経済波及効果の試算を、建設・運営・その他と来場者消費に分けて比較したのが、図表 6 である。表が示すように大阪府市では経済産業省と同様の最終需要、すなわち発生需要を用いている。この発生需要を基に計算された経済波及効果は前者で8,965億円、後者で7,217億円、合計で1兆6,182億円となっている。

APIR は全国での試算と同様に大阪府域における直接需要を用いており、その額は建設・運営・その他は6,855 億円、来場者消費は6,784 億円、全体で1兆3,640億円となる。これらを基に算出した経済波及効果は、前者で1兆535億円、後者で1兆86億円、合計で2兆621億円となる。

大阪府市が試算した経済波及効果を発生需要で除した乗数をみれば、建設・運営・その他が1.3、来場者消費が1.0、全体で1.1である。一方、APIRの経済波及効果を直接需要で除した乗数をみると、前者が1.5、後者が1.5、全体で1.5となっている。APIRの乗数が大阪府市のそれを上回る理由は、以下のようである。大阪府産業連関表は大阪府単独の地域内表であるため、府外への経済波及は漏出したままであり、府内に戻ってこない。一方、APIR関西地域間産業連関表は、関西2府8県とその他地域を接続した表であり、大阪府以外の関西 1 府8県及びその他地域への経済波及が跳ね返り効果として再び大阪府に経済波及効果をもたらす。この跳ね返り効果により、大阪府市試算に比べて、APIR試算の経済波及効果の乗数の方が大きな値をとっている。

2-3.参考:最終需要ベースによる経済波及効果

前節では、APIR が想定した直接需要を基に経済波及効果を試算したが、本節では参考としてその他地域への需要(移入)を考慮した全国及び大阪府域への経済波及効果を示そう(図表7)。ここでは輸入は存在せず、最終需要は全て国内産品への需要と想定している。この想定は経済産業省及び大阪府市の試算の想定と同じである。

全国で発生する最終需要は建設・運営・その他が7,275億円、来場者消費が8,913億円、全体で1 兆6,188 億円と想定している。これらを用いた経済波及効果は、前者で1兆4,921億円、後者で1 兆7,220億円、合計で3兆2,141億円となる。直接需要を出発点とするケース(図表5の下段)に比べると、経済波及効果の合計は4,684億円、率にして約17%増加している。

大阪府域で発生する最終需要は建設・運営・その他が7,275億円、来場者消費が8,471億円、全体で1兆5,746億円と想定している。これらを用いた経済波及効果は、前者で1兆1,166億円、後者で1兆2,698億円、合計で2兆3,864億円となる。経済波及効果の合計に関する図表6との比較では、金額で3,243億円、率にして約16%の増加である。

乗数は図表5、図表6とほぼ同じであるが、最終需要の取扱いにより経済波及の効果は少なからず変化しうることが確認できる。

3. 小括

以上、3機関による経済波及効果の試算を比較し、結果の違いについて分析を行った。差異が生じる主な原因は、各機関が想定した最終需要そのものが異なること、経済波及の計算に用いる最終需要の範囲が異なること、加えて産業連関表の対象地域が異なること、以上の点であることを明らかにした。分析を整理し、得られた含意は以下の通りである。

1. 2024年1月のAPIR試算では、万博開催に伴う経済波及効果は全国で約2.7兆円、大阪府域で約2.1兆円であった。また経済産業省は全国での効果が約2.9兆円、大阪府市は大阪府での効果が約1.6兆円と発表した。3機関の経済波及効果の結果には幾分差異がみられる。

2. 想定した最終需要をみれば、建設投資、運営・イベント・その他計では、APIRが7,275億円、経済産業省及び大阪府市が7,027億円と想定しており、前者が後者を248億円上回る。また来場者消費では、APIRは全国で8,913億円、大阪府域で8,471億円と想定しているのに対して、経済産業省及び大阪府市は7,050億円と想定している。結果、APIRは全国で1,863億円、大阪府域で1,421億円上回る。

3. 経済産業省と大阪府市はインプットとして発生需要ベースの値を用いているのに対し、APIRでは2府8県以外のその他地域分を除いた直接需要ベースで経済波及効果を試算していることから結果の違いが表れている。

4. 経済産業省は全国表、APIRは関西2府8県及びその他地域を対象とする地域間産業連関表を用いているので、両者は同じ地域を対象としている。経済波及効果を発生需要もしくは直接需要で除した乗数は近似した値をとる。

5. 大阪府市が用いた産業連関表は、大阪府内を対象とした産業連関表であるため、府内で完結する経済波及のみが考慮される。すなわち、府内から府外に波及し、それが更に府内に波及するという、県境をまたいだ経済波及効果を考慮することができない。一方、APIR 関西地域間表ではそのような府県間の波及のフィードバックが把握できるため、経済波及効果はより高く算出される。

6. 以上、3 機関の経済波及効果が異なる理由を示した。ただし、いずれの結果を実現するためにも経済に明瞭な供給制約がないことが重要である。また、各機関の試算では、万博関連需要と来場者消費にわけて経済波及効果を計算しているが、より高い経済効果を実現するためにも後者の効果の引上げが重要となろう。そのためにも APIR が主張している「拡張万博」のコンセプトが重要であり、それに基づいた旅行コンテンツの一層の磨き上げが重要となる。

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